平和を愛する者たち

「機人様はいったい今何を……?」

「遊んでたのでは?」「踊ってたんだよ」「ワイワイガヤガヤ」


 むむ、このままだと機人のイメージによくわからん属性が付きそうだぞ?

 ここは強引に押し切ろう。


「……これは、古来より伝わる舞踏であるッ!」


 フェイスマスクをおろし、ハッっとしたような顔で、ミリアさんが俺の放った適当な言葉に続いた。


「――まさか戦舞踏クリークタンツの姿をまた見るとは……ッ!」

 知っているのかミリアさん!!俺、初耳だよ!!


「知っているんですかミリアさん!」「ただローキックするだけじゃなかったんだ」

「しっ蹴られるぞ」「ザワザワ」


「エルフの伝統舞踏をルーツとして、他の種族の舞踏を取り入れることで発達した踊りです。闘技と舞が一体になっていることから戦舞踏クリークタンツの名で知られます!!」


 そうなんだ!!今知ったわ!!!!


「そして機人様がいま舞っていたのは、戦いによって生じた死者の魂をなぐさめる意味を持つステップです」


「疫病や戦争が蔓延まんえんすると悲しみの踊り、死の舞踏ダンスマカブルが自然発生し、人々の間で舞われ、さらに悲しみを伝播させます」


 謎の自説がどんどんと展開してくぅ!!!!


「そう、その時に戦舞踏クリークタンツを舞うものが現れ、人々を勇気づけるのです!」


「そして、忙しいことを表す『てんてこまい』は、そう言った時に演じられる戦舞踏クリークタンツの演目のひとつ、天帝鼓舞てんていこまいが語源となっているのは、あまりにも有名ですね」


「そう……機人様はそれだけ忙しかったという事です!」


 そうなんだ!!でもたぶん違うと思うな!!


「……左様、我は遊んでいるように見えたかもしれぬが、違うのだ」


 遊んでただけだけどな。


「へえぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」


「ぜひもう一度今の踊りを!」「ぜひ!」「もういっかい!」


 俺の放った適当な言葉に、ミリアが不適切な言葉を繫げたために、なんだか変なことになってきた。


 ええい、俺にそんなもん出来るか!!!!あとはナビに任す!!!!

(――では、ちょっと激しめのやつを行きますか)



 さて、機械の体だから全く問題ないはずなのだが、足腰に来ている今日この頃。


 イギニスの機人を倒した後、この事態の収拾は意外とすんなりといった。


 そもそもイギニスの市民も、自分が何のために戦っているのか、よくわかっていなかったのだ。ニューペーパーに脅されても、実際うちは町工場を一個買っただけだ。


 これで経済的侵略とかいわれても、はぁ?である。


 正義の戦争で家が吹き飛んだり、財産が燃えて灰になるよりも、一般市民にとっては、不正義の平和でも、日常が戻ってくる方がずっと良い。


 すくなくとも、一般市民はそういう考えのようだ。


 なので、オーマよりも平定に対する精神的な抵抗はずっと少なかった。

 いや、実際オーマでは街を一個焼いたりしたから、あっちの抵抗が激しいのは当然と言えば当然の成り行きなのだが。


 拍子抜けしなかったと言えば嘘になる。


 おそらく、宣伝戦が自家中毒を起こしていたのだ。

 「連中が残したもの」をそのまま使うだけで、イギニスは平定できてしまった。


 どういう事か説明しよう。


 「連中が残したもの」とは、「平和を愛するイギニス人」という言葉だ。この言葉と似たようなことは、イギニスの女王も言っていたな?


 これがメチャクチャに効果を発揮したのだ。


 きっと何十年にわたって、くりかえし使われた宣伝文句なのだろう、彼ら一般市民は、イギニス人が平和を愛すると、マジで思い込んでいる。


 不思議なことに人間というものは、こういう「平和を愛する○○」なんていうレッテル貼りをされると、そのレッテルに沿った行動をしてしまう。


 例えば誰かが「正義感の強い人」と、毎日のように言われていたとしよう。


 するとそいつは、目の前で不道徳なことを目撃すると、その行為を見逃すことが、大変不愉快に思えてくる。怒り出しさえするかもしれない。


 他者からレッテルを貼られてしまうと、自分はどう動いたらいいのか?という迷いが生まれるような状況では、そのレッテルに従ってしまうのだ。


 誰しもプラスの評価を受けると、それを維持しようと動くものだからな。


 「平和を愛する人ですね」「悪いことにNOといえますね」こういうプラスの評価をされる分にはいいが、悪い評価の場合も同じことが起きるから注意だ。


 悪い評価の例としては、あいつは髪を染めているから「不良だ」とかだな。


 まあ実際のとこ、人の意思決定にはいろんなパターンがある。

 なんでもかんでもレッテルのせいと言い切れるほど、人間は単純でもない。


 他者の評価を気にしない、超人的な精神の持ち主で、ひたすらに我が道を行くような奴には、このレッテル貼りは、全く効果を発揮しない。


 なぜなら、自分で自分用のレッテルを用意しちゃうからだ。


 案外ミリアさんが、そのタイプなんだよな……。

 彼女は自分で「機人の巫女」を選んで、ノーブレーキで突っ走ってるからな。


 ……しかし考えてみれば、イギニス人はまだ幸運な方だったろうな。


 このレッテル張りは、相手を操作しようとするときに使う。

 本気でやろうとすれば、もっとひどい事も出来たのだ。


 ま、せっかく彼らがここまでやってくれたんだ、彼らの事業を引き継いで、あることに利用させてもらうとしよう。


 俺が何をしようとしているかって?


 やろうとしていることは至極単純だ。「平和愛する者たち」によるポトポト、オーマ、インダ、イギニスによる連邦国家をここに作るのだ。


 戦争の結果、支配者層がどっと入れ替わる、この時期が一番危険なのだ。

 歴史上に起きた長ーい戦乱とは、こういう時の後処理に失敗して起きている。


 イギニスの女王や若草色の機人に押さえつけられていた、有象無象が表舞台に出ようとしてきて、また戦争、そいつらが共倒れしてまた戦争。こんな感じになる。


 なので連邦国家を成立させ、意思決定プロセスを複雑化&遅くさせるという手で、権力の後釜になろうとしている有象無象たちに対して先手を打つ。


 これはこれで問題のある手段なのだが、少なくとも、時間稼ぎにはなる。

 さて、手を付けて行くとしよう。

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