機人、海を渡る

「うぉー!世界はわたしのもんじゃぁぁぁー!ケケケ!」


 船の舳先に立って、世界に対して宣戦布告しているのは、ミリアさんだ。


 ようやくチャールスがイギニス行きの船を用意したので、俺たちはそれに乗ってイギニスに向かっている。


 船はなんと、もうもうと黒煙を上げる蒸気船だった。

 イギニス連合王国は、もう蒸気機関まで時代が進んでいるらしい。


 ドワーフもエルフも、船という乗り物は使った事がある。

 だが、この蒸気船の様に、向かい風にあっても、風を切り裂いて進む感覚は味わったことが無い。まるで子供のようにはしゃいでいる。


「キキキキ!」「ススススッス!」


 でも二人の笑い方が、もはや妖怪のそれなんよ。


「二人とも、はしゃいじゃって。フフ……もう待ちきれないかったのね♡」


 俺たちはいい加減、デドリーの淫靡な語りにも慣れたが、イギニスの船乗りはそうではない。前かがみになり、まるでナメクジの様にロープの上を這っている。


 こりゃひどい。

 いまのとこ問題が起きてないからいいものの、チャールスの気苦労は耐えんな。


 ――しかしこの船、えらい重武装だな。


 船のシルエットから張り出した円柱状の鉄塊に、にょっきりと生えた大砲。

 本来は通路である部分にも、どっかりと大砲が固定されている。


 俺たちに船を寄越すまでに、時間がかかった理由は、これのせいもあるのか?

 ……ふむ、大砲のひとつを調べてみるか。


(ナビ、あの大砲を調べたい。どの時代区分に当たるものだ?)


(Cis.おおよそ、大正時代に当たる工業力で製作されています)


(しかし奇妙な点があります。当時は飛行機が未発達で、それに対する対策が必要ありませんでした。しかし、あの砲は仰角ぎょうかくが取れるようになっています。)


(つまり、空からくる何かに備えていると?)


 きっと古代竜だな。この大砲が作れるレベルで、どうにもならないのか?


(恐らくそうでしょう。当時は飛行機が未発達と言ったでしょう?彼らはまだ飛行機を手に入れていないはずです。)


(飛行機には、蒸気機関よりも軽量な、内燃機関ガソリンエンジンが必要になります。蒸気機関の飛行機は、史実では実用化されていません)


(なるほど、地面から狙う以上の事ができないなら、そりゃ苦労するはずだ)


 その時だった、けたたましく船のベルが打ち鳴らされた。

 カン!カン!カン!カン!という音が、洋上にこだまする。――何が起きた!?


「ドラゴンだー!ドラゴンがでたぞー!!」


 聖ヨワネ騎士団の連中が、俺たちの火炎放射器を見てドラゴン、と言っていたのを思い出した。なるほど、確かにドラゴンと間違えても仕方あるまい。


 火を吐く真っ黒いトカゲ。

 そいつが海上を燃え上がらせながら迫ってきて、蒸気船の艦尾を燃え上がらせた。


 この事態に泡を食って、俺のところまで飛び出してきたのは、チャールスだ。


「ンッンー!!!!機人殿!でましたよ!古代竜!出ましたって!」


「……おー、出たな」


「ンンンン!何をのんきなことを!契約は……」


「……まだしてないな?」


 俺は背中から天使の羽根、というにはちょっとゴツくて、直線的すぎるウィングを展開する。シャキーンと展開するとちょっと体が風にあおられるので、優雅なふりして必死に踏ん張る。うおおおおおお!


「さて、契約だが、こちらの用意した条文があるので、これを受け入れてもらえると助かる」


 ぶっちゃけこの外交文書、ナビちゃんに作ってもらったもので、俺は一切関知していない。中身は現代で一般的な、なお付き合いを要求するモノらしい。


 あら、チャールスさん、真っ赤になった後に、真っ青になって、最後は土気色になりましたわよ……?何が書いてあったんだろう。


(ナビさん、あれって何が書いてあんの?)


(古代竜の脅威をイギニスから排除する事、それと引き換えに、国の付き合いとして必要ないろんなことを、お互い平等にちゃんと認める事、ですね。)


(あー、たしか江戸幕府の不平等条約とかなんとかって学校で習った気がする)


(ええ、それをされると、困るので、ちゃんとしました。)


「ンンン!……承知しました。ならとっとと片付けてくださいよ!」


「……無論だ」


 俺は背面のブースターに活を入れると、チャールスをケツ丸出しに吹き飛ばしながら、空へと打ち上がった。


 さて、古代竜とやら、面倒が無いように、ここで仕留めさせてもらおう。

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