羽間町 香蘭高校 

川端 誄歌

Boring everyday life is in rose color.

第1話 神埼誠也は灰色である。

 良く晴れた日。

 雲一つなく、見える範囲全てが青空になっている朝。

 今日も隣人は休みのようで来る気配は今のところないが、それはそれで広く机が使えるので俺は。神埼誠也カンザキセイヤにとってはどうでも良い。

「なぁ、誠也~これなんだけど~」

 クラスの端は窓際。

 そしてその一番隅っこですぐそこに立つ木を眺めているとクラスメイトの一人が声を掛けてきた。

「なんだ?」

「これ。これさぁ、お前なら、なにか分かる?」

 そう、スマホごと見せつけられたのは一枚の写真だった。

「…………なにこれ」

 自転車に手をかけ仲の良い男友達四人で何処かに撮りに行ったもの。写真に写り込んでいる時計から時刻は十二時過ぎ。隅に見える二台自転車から、おそらくは駐輪場がある近場。俺自身は行ったことがないが、高校を中心と考え、行き着くところは香住ケ丘だと予想が立つ。

「友達四人で写真を撮りに行ったんだけどさ」

「香住ケ丘にか?」

「そう、香住ケ丘に。良く分かったな」

「……写真にチャリが写ってるからな。ハママチから出る距離なら乗らないだろ」

 北海道は羽間町。海に近い訳でもなく、遠い訳でもない微妙な位置にある町。

 特別目立った施設もなく、唯一あるのは大きなショッピングモール。中にある小さなゲーセンが中高生にとっては屋内テーマパークのような場所だが、もう一つ。この街には誇れる場所がある。それが香住ケ丘だ。丘、と付くだけあって当然それがあるわけだが、そこは平たく言えば公園でもある。この町で一番大きな公園だからこそ、様々な年代の人が行くわけだが。

「流石だなぁ」

「で、なんの用だ? 俺は外の木を見ていたいんだが…………」

「あぁ。これ、よく見てくれよ」

「なんだよ。…………肩がどうかしたか?」

「手があんだろうよ! 心霊写真だよ! 怖くねぇか!? 俺の肩に、手が乗ってる!!」

「ほぉー。それはそれはすごいなぁ……って引っかかるか。いや引っかかった方が良かったのか?」

 詰めが甘いと言うべきか。それとも浅はかなだけか。

「えぇ!? なんでわかった!?」

「ほら、やっぱり作ってんじゃねぇか」

「!? 騙したな誠也!! 卑怯な!」

「騙したと言うか。わかった理由はそこじゃねぇよ」

「じゃあ、何処だっていうんだよ! 答えろ誠也!」

 と、詰め寄られため息が出る。

 これを答えたところでなんの得にもならない。なんならこいつはこれが心霊写真出ないことを知っているのだ。俺が今ここで、教える義理はない。

「自分で考えろ。無駄なことに時間を割きたくはないー」

 と、言ってクラスメイトを無視する。

 窓には不機嫌そうな自分の顔と、頭を抱えたまま去っていく男子生徒が写っている。

「バカめ。四人で行ったと言いつつ、チャリは六台写ってるし。そもそもカメラマン含めたら元から五人居たってことだろうにな」

 最も「近くに居た人に頼んで撮ってもらった」と言われればぐうの音もでない。自転車だって全くの関係のないものだと言われればそれまでだ。

 だが、俺がみなまで言わなかったことが幸いして、反論は起きなかった。

「あと単純に四人しか居ないってのに横並びで詰めすぎだろ。重箱か」

 なんてことを思っていると、木が揺れたのでつい目で追ってしまう。すると黒光りするなにかが見えた気がして、

「ん? 今のは――」

 窓を開ける。身を乗り出して上を見る。

 クワガタ? カブトムシ? こんな時期に珍しいな。

「…………んん?」

 だが、俺が目にしたのはそんなものではなかった。

 葉の緑色の中では目立つ白。

 ゆらゆらと動くのは――

「……猫?」

 目に映る、よくありがちな形をしたもの。

 黄色目に、白と黒を持ち合わせた顔。

 間違いなくそれは猫だった。

「にゃ、にゃあ~おん」

「……………………」

 二度、瞬きをして体を教室へ引き戻す。

「ねぇ、ちあきそう言えば、知ってる?」

「んー? なにが?」

 席に座り直していると、目の前に座る女子たちがうわさ話に花を咲かせていた。

「ほら、学校の七不思議。うちの学校他と違うじゃん?」

「あー、あれね。それがなに?」

「ほら、そのうちの最後。うちの学校の理事長は、学生だ。って話」

 うるさい。一言言ってしまえば関係を全て終わらせることの出来る言葉だ。もっとも口にはしない。無意味に干渉する必要はないから。それに会話の内容に興味が出た。迷惑をかけられた迷惑料として聞き耳を立ててやろう。

「なんでも、その人不老不死で何千年も生きてるんだって!」

「あはは、なにそれ。ありえな~」

 本当にあり得ない話だ。何千年も生きている? そいつは吸血鬼やエルフか何かか? そんな空想的な存在。人類の上位種である空想種が身近にいる訳がないだろう。それでそれで?

「いやいや。うちの学校。普通じゃないじゃん? 居るらしいよぉ~空想種様がさぁ」

「その噂本当なのかなぁ。だって名家様でしょ? こんな田舎に居るかねぇ」

「えぇ、居るよぉ。居ないと夢がない! 私、空想種様に娶って貰いたい!」

 ははは。すごいことを言うクラスメイトだ。だが、確かにそれはそれで良いのかもしれない。今後の人生が楽になりそうだ。しかし、名家の方々と結ばれるなんてこと、滅多に起きないことだぞ? 宝くじを当てる方が確立が高いのではないだろうか。

「ほらほら。空想種様って、上位種じゃん? だから勝負事に勝ったら願いを叶えてくれる権利をくれるって話! それに持ち込めば――」

「はいこら~、ホームルーム始めるぞ~」

 そして、話が盛り上がってきた所で教師が入ってきた。

「……………………はぁ」

 あぁ、これから退屈な授業がまた始まるのだろうと、俺はつい思ってしまう。

 誰かが言った。高校生活はバラ色なのだと。それに俺は何故なのかと言う疑問を投じよう。

 バラは色が少ない。確か多くても六色くらいだった気がする。世界で一番色の多い花はラナンキュラスと言う花らしい。なら、『高校生活はラナンキュラス色である』と言うのがいいのではないだろうか。

 そうではない? 違うか。そうか、なら俺はバラ色にはなれない。理解が出来ないからだ。かと言って白は似合わない。俺は健康的な肌色をしているから着るとおそらく変に浮くだろう。だが、黒はもっと嫌いだ。何色にも染まらず、我を通すワガママな色。なら、俺は何色なのだろうか。

 バラ色にもなれず、白も黒も受け入れらえない。何色にもなれない、中途半端な存在。

「……………………灰色。か」

 そう、口に出してみて、俺は妙にしっくりくる。

 現状クラスに馴染めていないのもおそらく俺一人だけだった。あぁ、違うか。もう一人、不登校児が居た。だが、そもそも通学していないのなら無効票だろう。だとすればやはり馴染めていないのは、俺一人だ。他の奴らはあの写真のように、仲良く出かけたりしている。

 あぁ、なら何故写真を見せつけられているのかって? 答えは簡単だ。自慢――と言う彼らの一方的な優越感ではなく、また違ったもの。入学の日に起こったある事件を解決したこととこの孤立している状況から、俺はクラスの中である種の『探偵』扱いされているのだ。

 もっとも、初日に起こった事件は放送事故と時計が止まっていることによって起きたことだったので、推理もくそもなかったわけだが。何はともあれ、現状俺の立ち位置はそうなってしまった。

「……えぇ……埼…………神……」

 そして、俺はそれが嫌だった。だから仕方なく孤独を選択したのだ。別に友人が居ないわけではない。話す程度の人はいる。なら、それで十分じゃないか。

「神埼? おーい」

「んぁ、なに?」

「なにじゃねーよ。呼ばれてるっての」

「誰に」

「先生に」

「あ」

 思考に気を取られ過ぎた。おかげでホームルームで目立ってしまう。

「あ、はい。神埼ここに居ます。元気です」

「……ほんとかぁ? まぁ、お前はそう言うスタンスだもんな」

「はい。あはははは……」

 理解のある教師で助かった。なんて思って、また外を見る。

 猫はもう見えない。

 いや、あれはそもそも猫と言っていいものだったろうか。鳴き方だって、下手くそ過ぎだ。

「白地に猫か……」

 なんの特徴もない前髪をなんとなく摘まむ。

 先ほど木の上に居た猫は、ちらりと見えた範囲で同じく黒毛だった。

「……………………ないな」

 縁起が悪いと言っても過言ではない。なにか起こる前に今日は早く帰ろう。

 なんてことを考えて。

 忙しい神埼誠也の一日が始まった。


 

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