第073話 手加減とは(哲学)

 第三演習場にやってきた俺たちは十メートル程距離を置いて互いに向かい合っていた。


「おいおい、本当に良いのか? 恥をかくだけだぞ?」

「心配してくれてどうも。まぁやるだけやるさ」

「はんっ。後悔するなよ!!」


 どこまでも上から目線のギザギザ男に煽るように肩を竦めたら、奴は苛立たし気に吠えた。


「ちょっといいか?」


 俺の方に近寄ってきて肩に手を回してくる田辺さん。


「なんですか?」

「頼むから手加減してくれよ?」

「分かってますよ」


 いぶかし気に尋ね返せば、田辺さんは俺に言い聞かせるように念押ししてくる。


 すでに魔力の比率に関しては見切っているのでその辺りは抜かりがない。


 だから俺は自身をもってサムズアップで答えた。


「おい、何喰っちゃべってんだよ。世間知らずの新人には俺が世間の広さって奴を教えてやるからさっさとしろよ」

「お、おう。そうだな」


 俺と田辺さんが肩を組んで話していたら、後ろから不機嫌そうなギザギザ野郎の声が聞こえてきた。


 田辺さんはすぐに俺から離れ、俺とギザギザの中間の審判の位置に移動する。


「双方準備はいいか?」

「「はい(おう)」」

「それでは、はじめ!!」


 田辺さんの確認に俺とギザギザが頷くと、田辺さんの合図でそのまま模擬戦が始まった。


「"水球ウォーターボール"」


 俺は水魔法を唱えながら符をホルダーから取り出して、奴に向かって放った。札はバスケットボール大の水の球へと変化し、弾丸のように飛んでいく。


 勿論魔力使用料は〇.〇〇〇〇一%に抑えているので全く問題ないはずだ。


「はぁ~!! 石……ぐはぁ!?」


 奴はホルダーから符を取り出して指に挟んだ後で、何やら溜めるように意気込み、術を発動する途中だったが、すでに飛来していたウォータボールをそのまま腹に受けた。


 鉛のように重く、そして硬くなっている水の球の直撃は、腹部にボディブローを受けたように彼の顔を歪ませ、軽く吹き飛ばした。


 奴はゴロゴロと転がった。その後、全く起き上がってくる気配がない。


 えっと……まさか今ので終わりってことはないよな?


 俺は奴の許に近づいて軽く蹴って様子を窺う。しかし、なんの反応もない。


「おい」


 ありえないと思いつつ声を掛けてみる。


「……」


 しかし、返事がない。屍みたいに。


 俺はその途端に顔が青ざめる。


「お、おい、大丈夫か!?」


 すぐにひざをついてギザギザ頭の心音と呼吸を確認する。


―トクントクンッ

―スーッ、スーッ


 どちらもきちんと確認できた。


「はぁ……よかった……死んでなかった……」


 俺はギザギザ頭が死んでなかったことに安堵してため息を吐いた。


『……』


 辺りが沈黙に包まれていることに気付く。


 俺は誰も何も発言しないので何かしてしまったのかと滅茶苦茶不安になる。


「勝者、鬼一!!」


 そこで田辺さんが俺の勝利宣言をする。


 マジで!? たったあれだけで勝っちゃったの!?


 俺はあまりの弱さに驚愕で放心してしまった。


「おい、だから手加減してくれって言っただろ!!」

「いや、しましたよ……物凄く……」


 俺に詰め寄ってくる田辺さんに対して、申し訳なさげに俺は言う。


 一〇〇〇万分の一の魔力で発動しているので、これ以上どうやって手加減したらいいのだろうか。


『はぁ!?』


 近くに集まってきた他の面々が俺の言葉に驚いて素っ頓狂な声を出した。


「やっぱりお前の実力は隠せるものじゃなかったな……」


 田辺さんは俺の肩をポンと叩いて微笑ましそうな目で俺を見てきた。


 嘘だろ!?

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