第11話 2人の食事、そして──
先生とまさかの出来事があった日。
午前中二つの講義を受けた後、昼休みとなった。人が多い生協の購買の場所。そこの隣にある座席が連なるスペースに腰を下ろす。
「ふぅ──お昼休憩ね。当然だけど、一緒に食べましょ!」
にっこりと、それが当然であるかのように隣にいた千歳が話しかけてくる。
断るという発想は、なかった。
「わかったよ」
そして千歳は俺の隣に座ってきた。それはもう腕がくっつきそうなくらい密着して──。
昼時で、人がそれなりに多い時間だというのに。
周囲の人は、こっちを見ながらひそひそと俺のことを話し始める。
「何あれ~~、熱々じゃん」
「幸せそう──」
俺たちのことを言ってるのがまるわかり。この場から逃げ出したいくらい恥ずかしい。
そんなことは気にも留めない千歳。鞄から弁当箱を二つ取り出し、机の上に置いた。
「お弁当、作っていたの。一緒に食べない?」
「作って、くれたの?」
「もちろんよ。大好きな恵一君のためだもの。さあ、ほら」
そう言って俺の分の弁当箱をクイクイッと押し付けてくる。
ニコニコッとした笑顔の中に、強い覇気のようなものを感じた。
ゴゴゴと言わんばかりの、強い気持ち。
それに逆らう勇気は、なかった。
「わかった。食べよう」
パカッと弁当箱を開ける。
デミグラスソースとチーズが乗っている大きいハンバーグ。下には千切りにしたキャベツとレタスが乗っている。そして、右半分は白米。
とってもボリュームがあって、おいしそう──。
「恵一君に食べてほしくて、愛情込めてつくったわ」
「ありがとう。じゃあ、今日はいただくよ」
まあ、食事代だってただじゃないし、今日は好意に甘えよう。
そして箸を手に取り、食事を始めようとすると。
「あ~ん」
「やっぱり、やるんですか──」
千歳は、俺の分の弁当からハンバーグとご飯を手に取り、俺の口元へ。あのさ、みんなが見てるんだけど。
苦笑いをして、言葉を返す。
「さすがに、人前なんだし……」
千歳は、してやったりのようなにやりとした笑みを浮かべた。
「いいじゃない。見せつけてやればいいのよ。さあ──」
千歳はにこっとしながらご飯とハンバーグを俺の口へと入れた。
俺は、それを口の中で受け取って咀嚼する。
「すごいね、とってもおいしいよ。凄いね、千歳」
味は、本当においしい。やわらかいお肉に、デミグラスソースとご飯がよく合っている。
料理、上手だな……。
「じゃあ今度は私ね。お願い!」
今度は? どういう意味かと一瞬考えてから、額をポリポリとかく。
「つまり、俺が今千歳がやったことをやるってこと?」
「もう~~鈍いわねっ、当たり前じゃない。じゃ、お願い」
そう言って千歳は目をつぶって口を大きく開ける。恥ずかしいけど、仕方がない。
「じゃあ、行くよ……」
千歳の、俺の弁当箱より人サイズ小さい弁当から、同じようにご飯とハンバーグを箸に乗せる。
そして──。
「はい」
俺と同じように千歳はハンバーグとご飯を口に入れる。にっこりとした笑顔でほっぺに手を当て、もぐもぐと咀嚼。
「う~~ん、恵一君が口に入れてくれるから、いつもよりおいしい」
おいしいのは、千歳の腕がいいからだろう。料理、上手なんだろうな。しかし、こんな日がこれからも続くと思うと、気が思いやられる。
周囲から、何と思われるだろうか。明らかに注目の的になってしまっている。バカップルとか変なあだ名をつけられるんだろうな……。
2人で食べ合いながら、そんなことを考えていた。これから、本当に大変そうだ。
咲織先生視点。
ふぅ──。
大学の本館の3階。そこの職務室。
資料や学生たちに渡すプリントで散らかっている、私の机。まだ職務に慣れきっていなくて、どうしても物が散らかり気味になってしまう。
講義の合間、書類整理を終え一息つく。なかなか職務に集中できなくて、時間がかかってしまった。
今日は衝撃的なことがあった。予定があってちょっと早く大学へ行こうとして──変な人に絡まれたのだ。
いきなり酔っ払った人が怒鳴りつけてきて絡んできて、あの時は本当に怖かった。周囲の人達は怯えて逃げ惑う中、助けてくれたのが恵一君。
自分が傷ついても逃げたりしないで私のために戦ってくれた。
振り向いた時、すぐに気づいたのだ。彼は、私が担当している学生だったなと。
彼が助けてくれた時の姿。私を守ろうとしてくれた時のあの姿。背中は、とっても頼もしそうだった。男の人の暴力から、私を守ろうとしてくれて──私を包み込もうとしてくれた。
あれが、男の人だなって──。
私──大学は女子大だったし、高校まででも女の子同士としかしゃべったことはなくて男の人に対する経験があまりなかったの。もちろん周囲に彼氏がいる人とかはいて、コイバナとかは聞いたことはあったけど、自分とは遠い世界の、出来事のようで他人事のように効いていた。
それが今日、目の前にある現実となったのだ。
彼のことを想像するだけで、体がカッと熱くなる。
彼の、あの時私に向けてきた笑顔が脳裏に焼け付いて全く離れない。胸が、きゅんとなった。締め付けられるように、胸が苦しい。
かっこよくて、とっても頼りになる存在なんだって思った。
彼のことを無意識に考えてしまい、なかなか仕事が手につかない。ちょっと気を抜くと、惚けた表情になって彼のことを想像してしまう。
いけないいけない!
顔をぶんぶんと振って、その考えを振り払う。仕事に集中しなきゃ。
そして私は恵一君への本能と闘いながら、再び職務に励んでいくのだった。
ああ、恵一君!
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