第10話 三人の作戦

 恵一が咲織先生を助けた日の午後。


 場所は先日と同じ体育館の物置の奥。


 2年生になった大学生3人が、購買で買ってきた飲み物を飲みながら会話をしていた。彩紗、翠、いろはだ。

 話題は──昨日の新入生に関すること。


「やっと男が現れたんだから、もっとイケメンの男が良かった!」


 そう言って彩紗はニヤッと笑いペロリと舌を出した。

 そして、手に持っていた紙パックのミルクティーを口に入れる。


「あ~あ、せっかく男が来たってのに好みじゃねぇし、もう女がいるみてぇだし、つまんねぇの」


 彩紗は、恵一達の一つ上の学年ではあったが、不真面目で講義をさぼりがち。単位を落としてしまい恵一、千歳と同じ講義に出ることになったのだ。


「まあ、イケメンみたいな男の人はいなかったわね。悪くはないけど、よくも悪くも普通──って感じ?」


 いろはは唇に指をあて、すました表情になる。こんなものか──と言わんばかりの様子だ。


「でもあの子、絶対付き合ってるよね。あの──」


「女の子が千歳。男の子が恵一や」


「そうそう。びっくりだっつの、いきなりキスだもん」


 苦笑いをする翠といろは。当然だ、公衆の目の前であんな行動に出たのだから──。


「でも、男の子の方も 千歳さんの方が積極的だっただけで別に好意を抱いてるようにも見えへんしたなぁ」


「私もそれ思った。多分、千歳さんがアタックかけてるだけで、男の方はまだ付き合ってるわけじゃないって感じよね」


 いろはが腕を組みながら眼鏡をくいっと上げて言葉を返す。


「つまり、積極的な女の子に決めきれない男の方ってことね。優柔不断な人ってことか。なんか微妙っぽい」


「そうかもねー、あの子が一番まともかなって思った。あとはダメそう。あの子だが駄目なら──もういけそうな子いないじゃん」


 そういって彩紗は顔を膨らませて壁に寄っかかる。


「そんなに気になるなら行ってみてもいいんじゃない? いくら優しそうって言ったって、所詮は年頃の男の子。あんたなら墜とせるかもよ」


「まあねいろは。ま、ほかにいい男がいるわけでもないし。ちょっとやってみるかー」


「おおっ。彩紗はん、本気出すんか? おもろそうやわ~~。ぜひ見せてもらうわ」


 翠が楽しそうな表情でにこっと笑みを浮かべる


「まあ、私の手にかかれば男なんてメロメロよ。優等生ぶったってこれで釣ればイチコロイチコロだっつうの」


 そう言って彩紗はジャンプして人一倍大きな乳房をプルンと揺らした。


「せやな、彩紗はんのおおきゅう胸ならどんな男だってイチコロやね~~。Gカップやろ」


「まあな、このおかげで走ったりすれば男どもの目線は私のおっぱいに夢中さ。まるでブラックホールだぜ!」


「もう、はしたないわ。まあ男なんて、どんなに優等生ぶっててもしょせん──性欲には正直だわ。彩紗なら、あの子を虜にすることくらい簡単だと思うわ」


 いろはが腕を組んで、口をへの字にしてムッとした表情で言葉を返す。いろはにとっての男とは、そういうものなのだ。いつもは何でもないようなそぶりをしていても、本当は体目的だったり、性欲ばかりで異性のことなんか何にも考えていなかったり……。


「口では愛してるとか、君の心が好きだ──とか言っても結局求めているのはそういうこと」


 彩紗と翠にもよく言っていた。


 2人とも、その時の真剣な表情を知っていて突っ込めなかった。

 ちょっと言ったくらいじゃ変わらないことを理解していたから──。それは、ほかの2人も同じだ。本当に根深いところを持っていても、深堀したりしない。感覚的にこれ以上踏み込んだらやばいってラインを理解していて、それを超えないようにしている。


「じゃああいつを私のものにするため、ちょいと耳を貸しておくんなまし」


 ごにょごにょ──。耳打ちして彩紗が二人に内容を離す。自信満々な笑みを浮かべていた。これならいけるといわんばかりに……。


「それ、本気でやるつもり?」


 あまりにも大胆な作戦に、いろはが驚いて一歩引く。


「あんさんもわるよのぉ~~そんな作戦で恵一はんを捕まえるなんて。ただ、もし人の道を外すようなことをしたら──たとえ彩紗はんでも容赦はせえへんで~~」


 そう言って翠はにこっと笑みを浮かべた。優しく、愛想が良い性格だが間違ったことをしようとしたときは親友であろうと許せない性格なのだ。


「大丈夫だって。無理やり強要するとかはしないから! 誘惑はするけど、あくまで選ぶのは彼。私は、彼の欲望のツボを押して背中を押すだけ」


「まあ、それなら納得するわ」


「それならギリいいで。ほな、準備のほう行こうか~~」


 そして3人は恵一誘惑作戦の立案に動いた。

 3人はそれぞれの生い立ちや考えがありながらも、こうして普段は仲良く行動している。今までも一緒に遊んだり、泊まりっこしたり。最初はたまたま入学前の懇親会で同じ席だっただけだが、なぜか楽しく打ち解けることが出来るようになった。


 そして、成績が悪い彩紗の課題やテスト勉強を手伝ったり、真面目ないろはの相談に乗ったり──。そして、複雑な事情を持つ翠のことを気遣ったり。


 道を外した行動こそはしないものの、今度は彩紗のために一肌脱ぎ始めたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る