第7話 千歳の妄想・陽キャな、お姉ちゃんからの電話

 千歳視点


 地平線に夕日が沈みそうな夕方の時間帯。駅から十数分ほど歩いた閑静な住宅街。

 そこにある家に帰った私。周囲からはおしとやかな淑女という印象を持たれているため、どんなうれしいことがあっても周囲の目を考え冷静さを保っている。

 たとえ、最愛の人と交際をすることになったとしても──。


「お帰り千歳。大学はどうだった?」


「お母さんただいま。何とか過ごせそう」


 リビングに入り、平然とした態度でお母さんに言葉を話す。そして、自分の部屋に入ってドアを閉めた後──。


「恵一くううううううううううううううううううん~~」


 鞄を机に置いた後、ベッドに身を投げた。そ、くまちゃんのぬいぐるみに飛びついた後、あまりの嬉しさにベッドの上で体を転がる。


「憧れの恵一君と会えて──しかも交際できた。奇跡よ奇跡やったやったやったやった。やった~~~~~~~~っ!」


 今まで抑えていた感情を爆発させる。

 今度は横になりながらウサギのように体をぴょんぴょんはねさせた。


「ああ……私の運命の人──恵一君」


 思わず両手でほほを抑え腰をフリフリさせながら思い出す。

 いじめを受けているところに、ただ一人助けてくれた恵一君。


 あの時は、私を守るために一人必死になって戦ってくれた。あんなぼろの姿になってまで──。


 それから、二人は打ち解けた。まだ子供で恋なんて感情がなかったから、友達として。

 お金がない子供なりに遊んだり、一緒に宿題をしたり。


 でも、そのあと彼は転校していなくなってしまった。


「ごめんね。でも、千歳ちゃんと一緒に入れて楽しかったよありがとう」


「私も、恵一君と一緒に入れてよかった。ありがとう」


 そしてそのあと、恋という感情を理解して分かった。私は、恵一君が好きなのだと。

 でも、その時にはすでに遅かった。


 その時の感情を思い出すだけで、ズキンズキンと胸が痛くなってくる。

 せつなくて、目に涙が浮かんできたほどだ。


「でも、またこうして会えるなんて──奇跡よ奇跡!」


 くまちゃんを寄せるように強く抱きしめる。自然と、口からよだれが垂れる。


 おまけに、恵一君と恋人になれた。


 このチャンス、絶対に逃さないんだから──。


 一緒に手をつないだから、次はいろんなところにデートをして、キスをして。

 ゆくゆくはその先の──あんなことやこんなことまで。



 胸はドクンドクンと高鳴り、顔がほんのりと赤くなる。待って、まだ結ばれたわけではないの──。大切なのはこれから。


 じっくりと、恵一君に尽くして、尽くして虜にして──結ばれるのっ。


 ついつい体をもじもじさせて妄想してしまう。


 恵一君と、交際を始めた姿。一緒に食事をして、一緒にデートをする姿。



 共に唇を寄せ合い、キスをする姿。もちろん、互いに舌を絡めて──唾液が糸のように垂れて、交わるように抱き合いながら──。


 そして、生まれたままの姿で体を重ね合って、抱き合って──。一つになって快楽をともにして。

 ウェディングドレスを着て、夫婦になって──家族になり幸せな家庭を作るの。


 そして一生のパートナーとして、恵一君を支える姿。

 考えただけで、うっとりとしてしまう。ああ恵一君恵一君──。彼のことが脳裏に焼き付いて、頭から離れない。



 何が何でも、恵一君を幸せにしてみせる。


 まってて恵一君。あなたの心を、必ず射抜いて見せる。絶対に──。








 家に帰り、時間は夕方。今日はアルバイトもないし、このまま部屋で体を休めることにした。

 窓の外に視線を置くと、オレンジ色の空、地平線には沈みかかった夕日。


「今日はいろいろあったな」


 まさか、子供のころあった千歳と再会するとは思わなかった。当然、俺にあんな感情を持っているということも──。


 勉強用の椅子の背もたれに身体を寄っかかっているとスマホがぶるぶると振動していることに気付く。慌てて画面に視線を置くとそこにある文字に驚いて体がびくっとなる。


 結城奈菜。俺と暮らしてた時は茶髪で、いかにも遊んでそうな外見をしていた。長身で背が高く、男から告白されることもしばしば。

 一人暮らしで大阪に住んでいるお姉ちゃんだ。俺とは正反対と言ってもいいくらい明るくて社交的。


 友達も多く、美人で告白されたこともしばしば。交際経験も何度かあると聞いた。

 何の話題だろうか? 姉ちゃんなら俺がいなくても相手に困らないと思うのだが。


 どうすればいいか迷ったが、無視するわけにもいかず恐る恐る電話に出る。


「もしもし。どうしたの、お姉ちゃん」


「おーっす恵一。初の大学で生活、調子はどう?」


 酔っているのかな? 口調がいつもよりハイテンションだ。声も、音が割れそうなくらい大きい。


「まあまあだよ。そっちは?」


「こっちは、一人でいろいろ楽しいよ。課題とかいろいろあるけど、友達たちと合コン行ったり充実してる」


「よかったね。一人で寂しいんじゃないかと心配してたよ」


「まあ、あんたや両親と会えないのは寂しいけど、それはそれで楽しんでるよ」


 そう返す言葉の口調がさっきと比べて落ちている。やはり、寂しさを感じているのだろうか。とはいえコミュ力の高い姉ちゃんなら、一人でいてもなんとかするだろう。ほかの友達を見つけたり、あるいは彼氏を作ったりとか──。



「それとさ、恵一君。本題なんだけど──」


 語尾の口調が変わった。なんというか、からかっているかのような──。

 電話越しでもニヤついた表情なのがよくわかる。そんな口調でさらに話を進めてくる。


「恋人、できた?」

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