モブダーリンと侯爵令嬢。傍から見れば従者と少年騎士だそうです?

小花ソルト(一話四千字内を標準に執筆中)

 

序章   望まれる役割

第0話   彼女の探しモノ

 この日のため、招かれた楽団が生演奏を披露する。それにうっとりと聞き惚れるは、美しく着飾った貴族のご令嬢方。そして彼女たちと、お近づきになりたい殿方大勢。


 ここは出会いの場であり、紳士淑女の社交場サロン。侯爵令嬢であるマックスの従姉妹にして、この国の王女が、気ままに開催する少し困った夜会だった。


「ほう……あれがマックス・ゴールデンアーム嬢か。なんと美しい。王女が太陽の申し子ならば、彼女は闇夜をまとう淑女だ」


「あのダークでミステリアスな雰囲気が、たまらないな」


 密かに注目の的になっている侯爵令嬢マックスは、黒い羽飾りの扇で顔半分を覆い隠し、つり目がちの大きな双眸で、辺りの様子を伺っていた。


(ハァ……どれもこれも、ひ弱そうな男ばかりだ。せめて腕の太さが、父上や兄上たちと匹敵する殿方でないと、どうにもお仕えする気が起きん)


 マックスの父は、年頃の娘を、どこか仲の良い貴族に嫁がせようと考えていた。血筋を結ぶことで、さらにつながりを強固なものにしたいという狙いがあってのことだった。マックスも貴族の娘、政略結婚に己の運命が使われる事は受け入れていたが、せめて、夫となる人物が、自分の理想に少しでも近ければ良いと願っていた。父が自分を、軟弱な男に嫁がせるわけがないと信じてはいるが、はたして父のお眼鏡に適う男が、この場にいるのだろうかと、品定めする眼差しは鋭かった。


 その冷ややかな眼光が、その場にいる男性陣を堪らなくさせているとも気づかずに。今宵も夫となる殿方を、その場から微動だにせぬままに探しているのだった。



「もう、マックスったら、ダンスのお誘いぐらい受けたら?」


 ドレスを脱いでレースたっぷりの下着姿でベッドに横たわる王女に、マックスは苦笑した。今日は一緒に寝るのだと駄々をこねられて、マックスもネグリジェ姿で、ベッドに腰掛けている。


「姫様もご存知でしょう? 父は、将来婿となる男性以外と踊ってはならないと、それはそれは厳しく、私に言い含めているのです。父も参加している手前、自由に殿方の手を取ることができませんでした」


「頑固なお父様よねー。お父様の勧めでも、王女である私からのお願いでも、マックスが独りでサロンに来ることを絶対に了承しないんだもの。これじゃマックスが行き遅れちゃうわ」


 楽しいことが大好きで、自由気ままに生きている王女との付き合いは、楽しくないわけではないのだが、マックスはどこか彼女に合わせるのが億劫になることがあった。年に十回足らずのサロンでしか、こうして顔を合わせる機会がないというのに。


 ピンクと白のレースたっぷりの天蓋付きのベッドで、二人並んで枕に頭を沈める。


「ねえマックス、もしも結婚するなら、私の側近か、私のお兄様のうちの誰かとなさいな」


「姫様の、兄上様と?」


「そうよ。私とあなたは親戚同士だから、血筋は広がらないけれど、それでも私のそばにいてほしいわ。私もあなたも、末っ子長女だもの。話の合う女同士の味方は、多い方がいいし、それが親戚で血筋の濃いあなただったら、すごく心強いわ」


 掛け布団の中で、王女に手を握られた。マックスとて、彼女の孤独や不安、王族の運命に翻弄される辛さは理解しているつもりだ。お支えするべきだと思う。


 しかし本心では、せめて一ヶ月だけでも良いから屋敷を抜けて、見聞を広めたく思っていた。本や人づてから仕入れる知恵だけではなくて、この目この耳で情報を集めて、世界で一つしかないこの身でいろいろな経験を積み、自分にしか送れないかけがえのない人生を、歩んでみたいと夢見ていた。


(もしもその歩みの先で、運命の男性に出会えたら……こんなに幸せなことはないであろうな)


 悩み葛藤するマックスの横顔を、王女は眺めていた。


「ねえマックス、考えておいてくれる?」


「はい、ぜひ、父と検討させていただきます」


 王女は嬉しそうに笑い、一方的にいろんなことをしゃべった後、満足して寝入ってしまった。



 王女様の覚えもめでたき、才色兼備なマックス・ゴールデンアーム。王女の白魚のような指と絡めるその手には、たくさんのマメや傷があった。


(きっと姫様が言う通りに従い、姫様のそばに仕え、生涯をかけて彼女を支えることが、私に与えられた正しき道なのだろう。でも、私は……。私はわがままで、悪い娘であろうか。父が私の本心を知ったら、さぞ嘆かれるであろう……この思い、いったい誰に相談したら良いのだ……秘密にしていることが、だんだんと苦しくなってきた……)


 自分の将来を左右する大きな出来事が、この先にたくさん待っている。そうとわかるのは、マックスが年頃になってきた証。マックス自身も、それを自覚しているからこそ、貴族としてふさわしく生き抜きたい自分と、一度きりの人生を後悔したくない自分に、板挟みになっていた。


(女の身で武術を極める道を許してもらった手前、父や姫様が薦める相手と結ばれることが、せめてもの恩返しとなろう……。その相手が、私の理想に少しでも近ければ良いが)


 天蓋の裏には、白馬に乗った耳の長い王子と、可憐な姫の、秘密の逢瀬が描かれていた。それを眺めながら、マックスもうとうとと眠りに落ちていった。


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