第8話
授業が終わって帰路につく。部活に入っているわけでもなく、バイトのシフトも入っていないため今日は自宅への直帰が可能だ。
しかし今日は少しだけ気になることがあるため寄り道をする。留守番しているノエルが若干心配だが、もし何か問題を起こしたら無理やり追い出してやろう。
俺の通う県立亜鷺高校から徒歩で十分ほどで目的地にたどり着いた。若干古びた外装に寂しさを感じるその施設を傍目から見つめる。
施設の扉から数人の子供が出てきた勢いよく走りだす子供たちはやはり子供というだけあって元気が良く、いくつもの遊具を持って遊び始めていた。
相変わらず子供は元気だな。何も考えずに元気だけで遊んでいる。自分にもこういう時期があったんだろうなぁと思い返すが、思い当たる節が無く一人で項垂れる。
「ねぇおにいちゃんは何してるの?」
「ひぃ!?」
唐突に後ろから声を掛けられて変な声を上げてしまった。
恐る恐る後ろを向くと目線は自然と下に向かう。そこには自分の半分くらいしかないぐらいの小さな少女が首を傾げている。
振り向いたらいきなり幼女!マニアックなラノベタイトルのような状況にテンパりまくる。小さい女の子ってどうやって扱えばいいんだっけ。取りあえず不審者だとは思われないように出来るだけ優しい声色で答える。
「あー、べつにお兄ちゃんはここにたまたま立ち寄ったっていうかね…なんていうんだろ。」
「おにいちゃん、ふしんしゃ?」
「おーとっとぉ!ふ、不審者なんかじゃないよぉ。」
いきなり不審者認定されてしまった。ヤバい、このままだと通報されて社会的に詰む。何としても疑念を晴らさねば。
「お兄ちゃんはちょっとここに用があって見てただけなんだ。決して怪しい人じゃあないよ。」
「でもでも、せんせいが外から見てくる男の人はみんなふしんしゃだって言ってたよ。」
ここの先生はいったいどんな教育をしているのだろうか。いかんいかん笑顔を忘れるところだった。小さい子供を相手にするときは笑顔笑顔。
「ふしんしゃだよっ!だって変な顔してるもんっ!」
「……。」
変な顔って言われた。小さいガキに。普段から笑い慣れていなかったことが仇になったか。だとしても言い方ひどすぎませんかね?お兄ちゃんかなりショックだよ。
何か誤魔化す手はないかと考えていると、ふと女の子が抱えているクマのぬいぐるみに目が行く。
「そのクマさん、可愛いね。先生に買ってもらったのかな?」
咄嗟にそう聞くと女の子が花が咲いたような笑顔になる。
「これねこれねっ!サンタさんにもらったんだよ!」
お気に入りのぬいぐるみが褒められて嬉しかったのか、女の子がぴょんぴょん跳ねながら教えてくれる。
「この前ねっ、サンタさんにおてがみでクマさん欲しいですって書いたら、今日の朝起きたらクマさんがいたんだよ!これってサンタさんだよねっ!」
嬉しそうに語る女の子を見てなんだか少し安心した気分になる。昨日行った行為が無駄ではなかったと分かったから。少なくとも一人の少女を笑顔にできたと分かったから。
「サンタさんが来てくれてよかったね。」
「そうだよっ!わたしだけじゃなくてね、のあちゃんにもケンジくんにもサンタさんが来てたのっ!サンタさんってどうやってプレゼント配ってるんだろ?」
興奮冷めやらない様子で詰め寄ってくる女の子、そんな姿に自然と笑みが零れてしまう。
「どうだろうね。もしかしたら魔法とかで配ってるかもしれないよ?」
「まほう?」
「そう。魔法の力でおっきなそりに乗ってさ、変な女の子がサンタクロースの格好して皆にプレゼントを配ってるんじゃないかな?」
俺の話に女の子はきょとんとしてしまっている。
「サンタさんっておじいさんじゃないの?」
「分からないよ?サンタさんはおじいちゃんじゃないかも。」
「わたし、サンタさんに会ってみたいなぁ。」
期待する女の子にサンタさんは変な女の子で今頃家でゴロゴロしているよ、なんて言ったらどういう顔をするだろうか。しかし、俺は無垢な女の子の冒険心を冒涜するような悪い性格はしていない。だから俺は屈んで少女の目線に合わせる。
「きっと会えるよ。いい子にしてればね。」
「うん!わたしいい子にしてるねっ!」
女の子は抱えているクマさんをぎゅっと抱きしめて笑った。
無垢な少女の笑顔に癒されていると、後ろからそろりと大人の影が見える。あ、これはヤバい。
「あのーこの子に何か用でしょうか?」
「あ、いえ。なんかすみません。」
ここは退散するしかないだろう。プレゼントの件も確認できたし戦略的撤退だ。
去り際に怪しい目で俺を見る施設の人のひそひそ話が耳に入る。
「あのお兄さんに変なことされてなかった?」
「うん!サンタさんのおはなししたの!」
「サンタさん?今年はプレゼント用意できなかったはずだけど…。」
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