101 国盗り開始2


「アハハ。冗談冗談。みんな、もう頭を上げて。アハハハ」


 ひざまずく皆を見たフィリップは玉座から立ち上がると、笑いながら前に出た。


「アハハハ。どこからどこが冗談かわからないって人が多そうだね~。だって僕と一緒に土仕事してたもんね。だって僕と一緒に馬車を作っていたもんね。だって僕と一緒にお酒を飲んでたもんね。だって僕は、2年前からこの町をウロウロしてたもんね」


 フィリップが人々を指差しながら喋ると、身に覚えのある者はウンウンと高速で頷いている。


「そう。2年前だ……僕が皇帝に奴隷制度廃止を慎重にやるように進言したのは……だけど聞いてもらえなかった。だから、僕は立ち上がらずをえなかったんだ。でもね、僕ってすこぶる評判が悪いんだよね~。みんなも聞いたことあるでしょ?

 いちおう僕の名誉のために言っておくけど、兄貴ならいい皇帝になってくれると信じていたから、邪魔しないようにしてただけだよ? 本当だよ?? いや、家臣が一番笑ってるってどういうこと!?」


 フィリップが言い訳のようなことをするので、第二皇子派閥はこらえきれずに大笑い。それに釣られて、フィリップと喋ったことのある民衆まで笑っている。エステルは立ってられないのか玉座に座って笑ってる。

 それから皆の笑いが減った頃に、ホーコンが静かにするようにと言って、フィリップは話に戻る。


「まぁ、これが僕の評価だったんだから、受け入れるしかないよね。でも、この2年で変わったんじゃない? 農業やってる人に聞くよ。僕は無能だった? いまやってる作業は誰が教えたか言ってみて」


 フィリップの問いに「エリク」だとか「第二皇子」だとかバラバラの声が聞こえていたので、ホーコンが「フィリップ殿下」に統一すると綺麗に揃った。


「でしょ? 馬車を作っている人に聞くよ? その馬車は誰の知識で作られたの?」

「「「「「フィリップ殿下です!」」」」」

「次に、家臣に聞くよ? 誰が皆に策を与えてお金を儲けさせた??」

「「「「「フィリップ殿下です!」」」」」

「最後に兵士諸君! ボローズ王国とハルム王国をたった1人で追い返したのは誰だ!?」

「「「「「フィリップ殿下です!!」」」」」

「そう! 全てこの僕がやったことだ~~~!!」

「「「「「わあああああ!!」」」」」


 フィリップが叫びながらあおるような仕草をすると、民衆の声が弾けた。

 今までフィリップがすぐ近くで皆を引っ張っていたのだ。フィリップの立場を知らない者でも、突き付けられた現実は事実だと認めざるをえない。


 こうしてフィリップは無能の仮面を剥ぎ取り、民衆に受け入れられたのであった……



 興奮する民衆をホーコンが落ち着かせると、またフィリップが喋り出した。


「皇帝の奴隷制度廃止は、いますぐ助けが欲しい人からしたら、希望の政策だったと思う。でも、その1人を助けるために急ぐとどうなった? 大混乱だよ。この2年で、帝国人は一千万人も死んだんだ!!」


 フィリップが右手を力強く握りながら叫ぶと、民衆は驚愕の表情とポカンとした顔に分かれた。


「この数は、国民の10人に1人。元奴隷だったら、3人に1人が死んだことになる。元々辺境伯領にいる人は最初から幸せに暮らしていたからわからないかもしれないけど、あとから来た人ならわかるはずだ。地獄の日々だったよね?」


 それを汲んで、フィリップが数の説明を詳しくすると、すすり泣く声と共に全員の顔が驚きと悲しみの顔に変わる。


「皇帝の罪はまだまだあるよ。無策で奴隷解放なんてしたから、収穫量が激減。それに伴う物価上昇で困窮者増大。辺境伯領から農業技術を盗んだ上に、みんなが汗を流して作った麦も、みんなが血を絞るように納めた税金も根刮ぎ持って行ったんだ! こんな暴挙を許していいのか!!」

「「「「「許せない!」」」」」


 フィリップが右手を振り回して皇帝の罪を数え上げると、第二皇子派閥の者が正面を向いたまま声を合わせた。


「さらに皇帝は、自分を非難した元奴隷を50人以上、みずからの手で殺してたんだよ! 誰のせいでこうなったんだ!」

「「「「「皇帝です!」」」」」

「皇帝を許していいのか!」

「「「「「皇帝、許すまじ!」」」」」


 フィリップは家臣にだけに言わせずに、民衆にも振る。


「国民の暮らしを奪ったのは誰だ!」

「「「「「皇帝です!」」」」」

「国民の金を奪ったのは誰だ!」

「「「「「皇帝です!」」」」」

「国民の命を奪ったのは誰だ!」

「「「「「皇帝です!」」」」」

「そんなヤツを許していていいのか!?」

「「「「「皇帝、許すまじ!!」」」」」


 全員の心が一致すると、フィリップは締める。


「だったら僕に力を貸してくれ! 僕がみんなの声を皇帝に直接ぶつけてやるよ! みんなで、帝都に文句を言いに行くぞ~~~!!」

「「「「「おおおおおおおおお!!」」」」」


 フィリップが決意表明をして高々と拳を上げると、ここに居る全ての人間んが拳を振り上げて応える。


 こうして民衆の力を手に入れたフィリップは、両手を上げたまま舞台から下りるのであった。



 フィリップが退場すると、ホーコンからこれからの作戦の説明があり、民衆も納得したところで解散となったのだが、その帰り道では誰もが首を傾げていた。


「殿下、文句を言うとか言ってなかったか?」

「だよな? あの時はノリで叫んじゃったけど……文句だけ??」

「「「「「これって何しに帝都に行くんだろう……」」」」」


 そう、ノリとは恐ろしいモノ。気持ちは「戦じゃ~!」となっていたのに、よくよく思い出してみたらそんなことは一言も言ってなかったのに叫んでいたので、民衆は狐に摘ままれたような顔で帰路に就くのであった……

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