078 フィリップの視察5


「ねえ? えっちゃんの友達、めっちゃ睨んでない??」


 バーリマン男爵邸で2日間厄介になり、別れの挨拶ではマルタがフィリップのことを親の敵かってくらい睨んで来ているので、さすがに気持ち悪いとエステルに助けを求めた。


「マルタはわたくしの心配をしているだけですわ」

「もしかして……僕のこと、なんか言った?」

「言わなくとも、マルタは知っていましたわよ」

「噂なんか鵜呑みにするなと言っておいてよ~」


 エステルは口を濁しているけど、本当は昨日のウッラのデートもマルタに愚痴っていたから、フィリップは睨まれているのだ。

 そのことを知らないフィリップは、バーリマン男爵の別れの挨拶のあとに、マルタに弁明して握手をしようとしたけど、手を叩き落とされてツバまで吐かれていた。でも、フィリップは空笑いで返していた。エステルは普通に笑っていた。

 ちなみにバーリマン男爵は、顔が真っ青。2日で1キロぐらい痩せていたのに、その一瞬で3キロは痩せたらしいけど、元々太っていたから見た目は変わらないので、誰にも信じてもらえなかったらしい……



 また2日の移動で、ダンマーク辺境伯領から東にあるアルマル男爵邸に着いたら、屋敷の中で一家総出のお出迎え。疲れているだろうからと、この日は難しい話をせずに一夜を明かす。

 そして翌日は、フィリップとエステルは応接室に入り、チョビ髭のおじさん、カール・アルマル男爵と対面していた。


「先にこれだけは片付けておくね。勅令書の件、悪かったね」

「ははっ! アレしか方法がなかったと存じておりますので頭をお上げください」


 まずは謝罪から。皇族が頭を下げているので、アルマル男爵も突然のことで焦っている。そこに畳みかけるようにエステルが軍資金の白金貨100枚を渡したので、アルマル男爵は恐縮しっぱなしだ。


「そんじゃあ、これからもよろしくね。それと、冬に正念場が来るから、無駄遣いは控えてね」

「はっ! ……恐れながら!!」


 フィリップはやることが終わったので立ち上がろとしたが、アルマル男爵が微妙に遅れて声をかけたので、浮かしたお尻をドスンと落とした。


「まだなんかあったっけ?」

「あの……褒美の話がなかったので……」

「ああ~……」


 アルマル男爵の話はフィリップとしては一理あると納得しているが、エステルはそれを許せない。


「何を言ってますの。これは、帝国の危機を乗り越えるための行動ですわ。領主が協力することは、当たり前のことですわよ」

「しかしですね。私は勅令書の件で他領からこれほどのはずかしめを受けた上に、殿下に協力を惜しみなくしているのですから、それ相応の褒美を貰うのはしかるべきかと」

「ですから、お父様も見返りを要求せずに働いていますのよ! さもしい考えはおやめになりなさい!!」

「えっちゃん。言い過ぎ。ちょっと黙って」


 そのやり取りを聞いていたフィリップはエステルを止めたので、エステルはしゅんとする。


「出過ぎたマネをして申し訳ありませんわ」

「うん。僕のため、帝国のために怒ってくれたんだよね。気にしてないから、ここは任せて」

「はい……」


 エステルの手を握ったフィリップは、アルマル男爵を見る。


「それで……具体的に何がほしいの?」

「爵位を……息子には男爵を継がせますので、私には、できれば侯爵を……」

「爵位ね~……ふ~ん……」


 フィリップが考えるような仕草をすると、エステルはフィリップの手を強く握った。反対なのだろう。


「わかった。それぐらいしてあげるよ。いまは口約束だけど、僕は約束は破らないから安心して。いや……一筆書いておこうか?」

「おおっ! ありがとうございます!!」


 アルマル男爵は嬉々として、フィリップが書いた2枚の用紙にサインをしたら、1枚を抱き締めるように受け取った。


「これでいい?」

「はいっ! 一生フィリップ殿下に従うことを約束します!!」

「アハハ。ありがとう。本当はもっといいポストを用意していたけど、そんな物で喜んでくれて僕も嬉しいよ」

「……は?」


 突然そんなことを言われたアルマル男爵は固まっているが、フィリップは立ち上がった。


「ま、待ってください! いいポストとは……」

「う~ん……いまは秘密~。まだ一番の功労者の辺境伯にも言ってないから、男爵にも言えないな~」

「それは、もう私には貰えないのでしょうか?」

「どうしよっかな~? ま、この件が終わったあとに考えるよ。それまで、その紙を大事に持っているか、破り捨てるかは好きにしな。じゃ、領地の見学に行って来るね~」


 対談は、フィリップの笑顔とアルマル男爵の引き攣った笑顔で終了。フィリップたちはその足で視察に移行する。

 しかし、エステルからしつこく褒美の話を聞かれたので「自分は皇后の椅子に座ったクセに」とか言って黙らせた。けど、エステルはすっかり忘れてたし、ホーコンは何も言ってないと反論していた。

 それから視察をしながらフィリップ専用馬車で移動し、郊外で停止。御者2人とウッラには少し離れたところで見張りをしてもらい、フィリップとエステルは抱き合うぐらい近くで寝転んだままコソコソ喋る。


「まだ構想段階なんだけどね……」

「はい……」

「僕の味方になった6人には、国の要職に就いてもらおうと思ってるんだ」

「国の要職というと??」

「議会ってわかるかな??」

「確か、この大陸の西側にあるタビー連邦国ってところがやってましたわね」

「それそれ~」


 フィリップは話が早いと、ニッコリと笑う。


「そのトップに、辺境伯を置こうと考えているんだよ」

「い、いいのですの? それは、実質、帝国をお父様がいいように変えてしまうことができることですのよ??」

「まぁ、僕の発言が一番優先できるようにするけど、ある程度は容認するつもりだよ。それに、下には議員を置いて多数決で決めるようにするから、そうは1人の意見で決められないよ」

「でも、帝国の位で言えば、皇太子殿下を押し退けるということに……」

「それぐらいのことをしてくれてるんだから、当然だよ~。あと、僕の仕事が減るし……」

「あ……それが狙いでしたの!? ん……」


 エステルが驚愕の表情と共にホーコンの出世に喜んでいたのに、フィリップの一言で台無し。声も大きかったので、フィリップは唇を奪って黙らせた。

 それから少しチュッチュッチュッチュッとして、落ち着いた頃にエステルは質問を変える。


「アルマル男爵は、本当に侯爵にするのですの?」

「本人が希望したらね。でも、これから爵位って、意味をなさないと思うけどね~」

「どうしてですの?」

「まず、議員が力を持つでしょ? そして、いま現在の貴族の数って、激減してるんだよね~」

「つまり……殿下は貴族制度を廃止しようと……」

「あったり~! 正確に言うと、いま残っている貴族は兄貴が振るいに掛けたいい人しか残っていないから、議員に鞍替えさせるの。領地も財産として残すから、反発はないんじゃない?」

「大改革じゃないですか!?」


 またエステルの声が大きくなっているので、キスでクールダウン。


「侯爵になっちゃったアルマル男爵は、議員になれないから悲惨な末路になっちゃうかもね~?」

「なんて酷い罠を張っているのですの!?」

「もう~。声が大きいって~。そんなに僕とキスしたいの~?」

「いえ、そういうわけでは……ん……」


 結局また唇を奪われたエステルは、このままフィリップに身を任せるのであった……

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