076 フィリップの視察3


 レイヨンボリ伯爵領の視察は特に何もなく終わり、ベングト・レイヨンボリ伯爵とも再会を約束したフィリップたちは東へと馬車を走らせる。

 その車内では何やらよからぬ声が聞こえていたが、御者2人は次の目的地でも太っ腹なフィリップが調査費用をくれるのではないかと思いを馳せるだけであった。

 ちなみに休憩の際には、フィリップだけ降りて来て御者と一緒に「グフグフ」笑っていたから、よからぬ店の調査結果を聞いていたのだろう。


 フィリップたちが向かっている場所は、ダンマーク辺境伯領から北東に位置するバーリマン男爵領。宿場町で2泊して、何事もなくバーリマン男爵邸へと辿り着いた。


「これはこれはフィリップ殿下。ようこそ参られました」

「その名前を出さないでよ。いまは辺境伯の末子、エリクでやってるんだから、エリク君と呼んで」

「は、はは~」


 男爵家に皇族が滞在するなんて、一世一代の誉れ。そのせいで当主の太ったおじさん、スヴァンテ・バーリマン男爵は浮かれて設定を忘れていたので、フィリップの叱責。でも、その謝り方も「ないわ~」と怒られていた。

 それから、ぜいを極めたような食事を振る舞われたり高価なプレゼントを送ろうとしていたので「無駄遣いをするな」とここでも叱責。バーリマン男爵は全て裏目に出ているので、横に大きな体がどんどん小さくなっていた。


 夜になると与えられた部屋で寝るのだが、フィリップが珍しく怒っていたのでエステルが宥めていた。


「男爵家ですからね。皇族とこれだけ親密になる機会なんてないに等しいのですから、少々張り切りすぎていますのよ」

「それはわかるけどね~……あいつに軍資金を渡すと、すぐに使ってしまいそうで怖いんだよね~」

「あ……そういうことですの?」

「そそ。釘を刺しておいただけ。渡してから言っても遅いでしょ」

「殿下も考えて行動することもありますのね」

「僕、いっつも考えてるのに~」

「ウフフ。申し訳ありませんわ」


 エステルは冗談を言っただけなので、すぐに謝ってフィリップの胸に頭を乗せて甘える。


「そうそう。明日は僕1人で行動するから、えっちゃんは自由にしていいよ」

「いえ、これが仕事ですのでわたくしも手伝いますわよ」

「いいって。お友達ともぜんぜん喋れてなかったじゃない。積もる話もあるでしょ?」


 フィリップの発言に、エステルは体を起こした。


「もしかして、新婚旅行とか言い出したのは、ここへ来ることが目的だったのですの?」

「うん。イーダが来た時にぜんぜん会えてないって言ってたから、辺境伯にえっちゃんを連れ出せないかとお願いしたんだよ」

「殿下……」


 エステルは感動して……


「マルタともそんなことになってないでしょうね?」


 いや、疑って睨んでる。


「ないない。えっちゃんのお友達とは……イーダだけ。うん」

「その言い方はなんですの?」

「ほら? えっちゃんって派閥があったじゃん? どこまでが友達かわからないから……」

「派閥の者とは、何人か関係があったと……」

「マルタって子は確実にないから安心してね!」

「はぁ~……そこまで言うなら信じますけど、逆にマルタと関係がないと言うのは不思議ですわ」

「親友を2人とも僕の協力者にしたら、えっちゃんだって勘付くでしょ~」


 エステルの追及をなんとかかわしたフィリップ。実際には、マルタはこの世界では珍しい膨よかな体をしているから、フィリップの好みじゃなかっただけなのだが……

 そのことはさすがに失礼なので、フィリップはそろそろ寝ようとか言って、エステルとウッラとスポーツしてから眠るのであった。



 翌日は、予定通りバーリマン男爵とフィリップだけの会談。昨日、フィリップから怒られまくったバーリマン男爵なので、緊張しっぱなしだ。

 白金貨100枚を見せたら目は輝いていたけど、フィリップが机を素手で叩き割ったから怯える目に変わった。ちょっと体型が膨よかだから、食費に変わると思ったのだろう。


 これだけ脅せば充分だろうが、「これから領地を見て何か見付かったらわかっているだろうね?」と試しに言ってみたら、皇帝の抜き打ち査察を潜り抜けた不正が出て来た。よっぽどフィリップが怖いみたいだ。

 この不正は、額も少額なのでフィリップのおとがめはなし。見なかったことにするから次回からは正すようにと言うだけで、バーリマン男爵は「神……」とか言ってた。


 これでバーリマン男爵はフィリップの忠臣。フィリップが視察に出ると言ったら金魚のフンみたいになってついて来ていたので、追い払うのであった。



「エステル様! お久し振りでございます!!」


 ところ変わって、談話室ではエステルの顔を見たマルタが嬉しそうにドスドスと駆け寄った。


「先日出産したばかりでしょう。もう体は大丈夫ですの?」

「はい! 初めてのことで時間は掛かりましたが、ひと月前のことですので、すっかり元気です。赤ちゃんも元気に育っていますよ。見てください」

「ええ。かわいらしいのでしょうね」


 再会の喜びは、赤ちゃんには敵わない。エステルは恐る恐る赤ちゃんの頬をプニプニ押したり、抱っこまでしていた。意外と子供好きみたいだ。

 それから眠ってしまったら、赤ちゃんは退場。ここでまた再会を喜び合い、近況の話に変わった。


「それにしても、フィリップ殿下がうちなんかに来るなんて驚きでした。エステル様と一緒にいるのも、どうしてなのですか?」

「男爵から何も聞いてないのですの?」

「はい。今日のことも口外するなと強く言われているのです」

「でしたら知らないほうがいいですわよ。ただ、この先、国に関わる大きな事件が起こるとだけは教えておきますわ」

「国に関わることですか……ということは、情報漏洩の心配をしているのですね。わかりました!」

「話が早くて助かりますわ」


 マルタは親友というよりエステルのファンなので、少しの情報を聞けただけで満足なようだ。どちらかというと、イエスマンなのかもしれない。


「それで殿下のことですけど……これも秘密ですわよ?」

「はい!」

「わたくし、将来は殿下の元に嫁ぐことになっていますの」

「ということは……いまは婚約者ですか?」

「そうなりますわね」


 エステルに春が来たと聞いたマルタは、手放しで喜ぶのであっ……


「は、反対します! フィリップ殿下といえば、女の噂が絶えない人ですよ!?」


 いや、エステルのイエスマンのはずのマルタは、初めてエステルに意見するのであった……

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