064 抜き打ち査察1


 フィリップが屋根裏部屋に監禁されて、さっそく不穏な動きを始めた頃、辺境伯邸の玄関に馬車が横付けされた。

 エステルを含む従者たちは玄関の前に並び馬車を見ていると、メガネを掛けたイケメン、ヨーセフ・リンデグレーン宰相と3人の優男が降りて来た。


「出迎えご苦労様です……辺境伯が見当たりませんね」


 ヨーセフは降りるなりキョロキョロとホーコンを捜しているので、エステルが前に出て対応する。


「申し訳ありません。父は無理がたたって療養中なのですわ。そのことはお伝え済みなのですが……」

「エステル……」


 その対応は、嫌味をチクリ。なので、ヨーセフはエステルを睨んだ。


「エステル? わたくしと宰相閣下は、それほど親しかったと思いませんが……呼び捨ては、少々失礼でありませんこと??」

「皇后様にあんなに酷いことをしておいて……」

「前にも近衛騎士長には言いましたが、わたくしは皇帝陛下からすでに処罰されていますわ。それなのに宰相閣下は、足りないとおっしゃるのですの? それは、皇帝陛下が間違った処罰をしたと言っているようなモノですわよ」

「もういいです! 療養中でも、見舞いぐらいはできるでしょう。辺境伯の元へ案内しなさい!!」


 エステルの嫌味連発で、ヨーセフも怒り爆発。もうエステルと喋りたくなっている。なので一番古株そうな執事に命令して、ホーコンが寝ている寝室に案内してもらった。


「ゴホッ……ゴホゴホッ。こんな体勢で申し訳あり……ゴホゴホッ」

「あなた、無理なさらず寝ていてください」


 執事からヨーセフが見舞いに来たと報告を受けたホーコンは体を起こそうとしたが、辺境伯夫人に止められる名演技。ヨーセフは弱々しいホーコンを見て小さく呟いたら、それをエステルに拾われた。


「いま、仮病とおっしゃりました? これほど辛そうにしている父を見て、よくそんな失礼なことを言えますわね。謝罪を要求しますわ!」

「い、いや……噂を鵜呑みにしていたようです。申し訳ありません……」


 さすがに自分でも失礼だと思ったヨーセフは、エステルの剣幕にも押されて素直に謝った。


「これでは聞き取りは難しいか……辺境伯夫人、頼めますか?」

「それならわたくしが任命されていますわ。なんなりとお聞きくださいませ」

「そ、そうですか……わかりました。辺境伯、ゆっくり休んで体を労ってください」

「は……ゴホゴホッゴホゴホッ」

「も、もういいです。無理をさせて申し訳ありません」


 ホーコンが返事もできないほど弱っているので、ヨーセフは早くも撤退。最後に寝室から出るエステルが親指を立てて合図を送り、辺境伯夫婦も同じようにに親指を立てて笑顔を向けていたのは、ヨーセフは気付くことはできないのであった。



 それからヨーセフたちは、応接室に移動。そこでエステルが用件を聞くと、ここで初めて領地の財務調査と告げられた。


「どうして昨日連絡をした時にそのことを告げてくれませんの? そうすれば、帳簿等を揃えておきましたのに」

「これは、抜き打ちの査察だからです」

「抜き打ちですの? わたくしたちは何か悪いことをしていますの??」

「しらばっくれても無駄です。早く全ての帳簿を用意しなさい!」

「わかりましたわ……ジイ。運び入れなさい」

「はい」

「なっ……」


 執事が奥の扉を開いたら、メイドがワゴンを押して続々と登場。そのワゴンの上には大量の紙台帳が乗っているので、ヨーセフたちは呆気に取られている。


「どうして抜き打ちなのに、すでに準備済みなのですか!?」


 これだけの量を運び込んだのだから、ヨーセフも驚いている場合ではないと立ち上がった。


「それ、本気でおっしゃっていますの?」

「どういうことです!」

「皆様、この領内をコソコソ嗅ぎ回っていたではないですか? その情報が領主であるお父様の耳に入らないと思っていまして?」

「コソコソだと……」

「言い方が悪かったですわね。秘密裏に調べていたようですがバレてしまった調査のことですわ。ならば、用件はある程度わかりますので、お時間の無駄にならないように前もって用意して差し上げたしだいですわ」

「くっ……」


 全てが筒抜けではヨーセフも何も言えなくなって椅子に座り直したが、エステルのペースになっているのは気に食わないと反撃に出る。


「ということは、不利な証拠は全て隠しているのですね」

「何をおっしゃっているかわかりませんわね」

「不正をしているから、領内から情報を吸い上げていたのでしょう? そして急いで隠したに決まっています」

「またですの? どうしてあなた方は証拠もなしに我が領地が不正をしていると決め付けられるのか、わたくしにはサッパリわかりませんことよ。父が何か悪いことをしまして?」

「それは調べればわかることです」

「もし、何も出なかったらどうしますの?」

「何も出なければ謝罪するだけです。何も出なければですがね」

「はぁ~~~……無駄な査察、ご苦労様ですわね」


 ヨーセフが自信満々でそんなことを言うので、エステルも長いため息が出てしまう。それを皮切りにヨーセフを含めた4人の男は帳簿を凄い勢いで捲り出したので、エステルは部屋の隅に移動して優雅にティータイム。

 ちなみに帳簿の内容はほとんど正確に書かれているが、ボローズ王国からの賠償で送って来た麦だけは載っていないし、すでに消費済みなので調べようがない。


「そっちはどうです?」


 昼食を挟み、夕方頃には帳簿の半分のチェックは終わったが、不自然な数字はひとつも見付からないのでヨーセフにも焦りが見える。


「もうこんな時間ですわね。夕食をご用意しましょうか? お泊まりなら、部屋も用意しますわよ」

「チッ……宿に戻るから結構です。帳簿には触らないでくださいね!」


 今日はここまでで査察は終了。ヨーセフたちを見送ったエステルは、ホーコンたちと夕食をとっている。


「ねえ? 僕はいつまでこの姿なの??」


 フィリップはいまだ女子なので、ブーブー言ってる。皆は半笑いでそれを見てる。


「宰相が領地から出るまでですわ」

「だから屋根裏部屋に監禁するなら変装は必要ないでしょ~」

「必要ですわ……アレ? 服が乱れてますけど脱ぎました??」

「そりゃ寝るのにシワがついたら悪いから、脱ぐに決まってるでしょ~」

「急いで着付けたような……」

「寝坊したの。だからだよ」

「そういうことにしておきましょうか……」

「アハハハ」


 エステルがウッラを見ているので、フィリップも空笑い。何をしていたかバレバレなのであろう。なので、フィリップは服の件に触れなくなり、自分から率先してドレスを着るようになったらしい……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る