050 荒れ地にて3


「そもそもなんだけど、他が遅すぎるんじゃない?」


 作業が早すぎる謎が深まったので、フィリップが思っていることを言うと、ホーコンは首を横に振る。


「ここへ来る前に軽く見たが、至って普通だったぞ」

「ふ~ん……じゃあ、僕が向こう見て来るよ。お父様たちは、うちのヤツらを見てなよ。ちょっと軽く指示して来る」


 お昼休憩も終わったので、各々別行動。フィリップは意味なく怒鳴り散らして、元奴隷のリーダー格にあとを任せると、馬に乗って別の農地を作っている場所に移動する。

 そうしてある程度の偵察が終わったら、見学中のホーコンたちに合流したけど、馬を下りるなりフィリップに詰め寄って来た。


「ここの作業員はどうなっているんだ!? 統率された動きをしているぞ!!」

「あ~。ちょっと落ち着こっか。僕も気付いた点を言うから」


 テーブル席に戻った一同は、お茶をしながらフィリップから口を開く。


「向こうは見事にバラバラで動いていたね。それに、やる気も低そうだった」

「うむ。農奴とは、だいたいそうだな。キビキビ働いているところを見たなんて、ここが初めてだ」

「たぶん、向こうのトップを任された人は、元奴隷に好きなようにやらせてるんじゃないかな? ちゃんと経験者選んだの??」

「いちおう農家の者を雇ったぞ」

「あ、こんなに広い荒れ地を耕したことのある経験者ね。そんな人はいないってね」

「まぁ……いないだろうな」


 フィリップが自分で言って自分でツッコンだら、ホーコンも同意した。


「僕はまったくの素人だから、どうやったら効率よくできるか考えてやっていたんだけど……向こうは農業経験者だから、いつも通りでいいと思って考えてやってないんじゃない? その差が出たのかもね」

「それでこれほど差が出るものなのか?」

「そりゃ、あんなにバラバラにやってるんだから、差が出るに決まってるよ。まぁ僕も遊びで軍隊みたいなことをやっていたのがよかったのかも? 指揮官とかも任命したから、僕も楽できたし」

「軍隊……そうか! 規律か!!」


 ホーコンが納得すると、探り探り話をしていたフィリップも頷く。


「だね。こんな広い土地、普通にやったらやる気も出ないって。軍人なら、上官の命令には絶対だもんね」

「ああ。どんな無茶にも応えるな」

「あと、一定の範囲を終わらせてから、次ってやってるのがいいのかも? 結果もわかりやすいからね」

「そうだな……向こうはずっと石拾いばかりしている印象だ。まだ作物も植えてもいないんじゃ、作業事態に飽きているのかもしれない」


 答えが見えて来たフィリップは解決策を出す。


「何人か軍から指揮できる人を出しなよ。ボローズも攻めて来ないんだから、北側の軍人は暇でしょ?」

「うむ……でも、農作業をいまから覚えさせるのか……」

「僕がしごいてやるよ!」

「さっきのアレですか……程々にお願いしますよ?」

「楽しみだな~」

「聞いてます??」


 ホーコン、嫌な予感がして息子設定を忘れて敬語になる。しかしフィリップはまったく話を聞かずに、作業に戻るとか言ってスキップで離れて行くので、ホーコンは諦めて屋敷に帰るのであった……



「まだ残ってたんだ」


 元奴隷と一緒に農地を耕して一区切りついたフィリップは、エステルが座っているのに気が付いて走り寄った。


「ええ。エリクを見てましたのですわ」

「僕なんて見てても面白くないでしょ~」

「いえ。面白くてよ。クワを両手で馬鹿みたいに振り回したり、大きな岩を罪人みたいに1人で運んでいたじゃないですか」

「例えが悪意満々だな~。アハハハ」


 とんでもないところをエステルに見られていたので、フィリップも笑ってごまかす。自分もやりすぎていると自覚しているらしい。


「それにエリクのバカ笑いも見ていて面白かったですわ」

「バカ笑い? そんなのしてたっけ??」

「してましたわよ。元奴隷と何か喋って、全員転がっていたじゃないですか」

「あ~。アレね。デッカイミミズが出て来てね。オシッコかけたらチンチンが腫れて大きくなる伝承があるから、一番小さいヤツがやらないかって話になったの。そしたら背が一番低い僕が一番大きかったんだよ! まさか弱小決定戦をしていたとは……って!? アハハハ」

「思っていたより程度が低すぎる会話をしてましたのですわね……」


 下品を通り越した話では、エステルも冷たい目。でも、フィリップは思い出し笑いをしていて気付いていない。


「それに、高貴な者がやるようなことではなくてよ。下々の者に、何を見せているのですの」

「何って……ナニだけど……」

「はぁ~……ハッキリ言いますけど、エリクは下々の者と距離が近すぎますわよ。一緒にバカ笑いしているなんて、もってのほかですわ。もっと身分の差を自覚してくださいませ」


 エステルに叱られたフィリップは、ゴロンと寝転がる。


「ひょっとして、僕の行動、兄貴や聖女ちゃんみたいだから引っ掛かってる?」

「いえ、そういうわけでは……常識の話ですわ」

「常識ね~……その貴族の常識、僕は嫌いなんだよね~。たまたま貴族に生まれただけで、どうしてそんなに偉そうにできるの??」

「それは、領民を守っているからですわよ」

「お姉ちゃんが? 体を張っているのは、平民の兵士でしょ? 農作物を作っているのは、農奴でしょ? 逆だよ。平和に暮らせて美味しい物が食べられるのは、多くの貴族以外の人たちが働いてくれているからだよ」


 フィリップの反論に、エステルは目をパチクリしながら質問する。


「もしかしてですけど……エリクは身分差のない国を作ろうとしてますの??」


 その質問に、フィリップは体を起こして真っ直ぐエステルの目を見て答える。


「いや、まったく何も考えてない。しいてあげるなら、どうやったら仕事をしないでいい皇帝になれるかだね」

「考える方向がおかしいですわよ!!」

「アハハハハハ」


 真面目な顔でそんなことを言うので、エステルも噛み付きそうなぐらい怒鳴っちゃった。その声を避けるように、フィリップはエステルの太ももに頭を乗せて寝転がる。


「まぁまぁ。そう怒らないで。僕としては、こういったのどかな時間を2人で持てる、平和な国が理想ってのだけは本当だから」

「平和ですか……どこまで本当なのか、わかりませんわ」

「ぜんぶ本当だよ~」

「まぁ、皇帝になっても、こんな時間があるといいですわね……」


 フィリップの理想を信じて、エステルは微笑む。そしてフィリップの頭を優しく撫でて、日が暮れるまでのどかな時間を楽しむのであった……

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