二章 引きこもり皇子、外に出る
026 招かれざる客1
勅令の発表からひと月……
第二皇子派閥の領地で再雇用されない奴隷が辺境伯領に続々と送られて来ていたが、それも落ち着いてストップした頃、部屋の掃除をしてくれているウッラとフィリップが楽しくお喋りしていたら、急にドアが勢いよく開いた。
「2人とも、何を驚いていますの??」
「そんな開け方されたら、誰だって驚くよ~」
部屋に入って来たのはエステル。特に悪いことをしていないフィリップでも、軽く言い訳している。
「そんなことよりも、視察が入るとの報告がありましたのですわ」
「視察? 思ったより早いね。ま、うちは褒められることしかしてないし、すぐ帰るっしょ」
「それが視察に来る者が、少し厄介な人物でして……」
「誰が来るの??」
「お父様と相談しますわよ」
「ええぇぇ~~~」
エステルが首根っこを掴んで引きずって歩くものだから、働きたくないフィリップは嫌そうな顔で、ウッラに手を振りながら退室するのであった。
エステルが入った部屋は執務室。立派な机で書類仕事をしているホーコンは、エステル1人しか来ていないので不思議に思っている。
「エリクはどうした?」
「こちらにいますわよ」
「よっ」
「その扱いは怒らないので?」
ホーコンの質問に、エステルがフィリップの首根っこを掴んだまま見せるので、さすがに不敬罪にあたるのではないのかと心配。
しかしフィリップは軽く挨拶したあとはソファーに飛び込んで横になっていたから、ホーコンも何かを諦めていた。
「んで……厄介なヤツって??」
フィリップが寝たまま本題に入ると、ホーコンが答える。
「カイ・リンドホルム近衛騎士長です」
「イケメン4の筋肉担当か……」
「「??」」
「あ、こっちの話。確かに面倒くさいヤツが来るね」
エステルとホーコンが意味がわからず首を傾げていたからフィリップは話を逸らす。ただ、エステルの目にはフィリップの顔に嫌悪感が出ているように見えたので、こちらのほうが気になった。
「エリクは関わり合いがありまして?」
「うん。あいつ、引きこもっていた僕を働かそうと、部屋から引きずり出すんだ。それも何度もだよ? 挙句の果てには近衛騎士にするとか言って、僕を殺そうとしやがったんだ!!」
フィリップが怒りのあまり声が大きくなっているなか、エステルとホーコンは目を合わせて頷く。
「普通のことでは?」
「殺すとかではなく、訓練なのでは?」
「嫌がってるヤツにすることじゃないよ~~~」
しばしフィリップの愚痴が続くけど、エステルとホーコンにはまったく同情されないのであったとさ。
「それよりもですな」
フィリップの愚痴が終わりが見えないので、ホーコンが割り込んだ。
「どうもこの視察には、ふたつの目的があるようでして」
「ふたつ? あ、勅令書の強奪犯ね」
「その通り。奴隷の処置を確認するついでに、行く先々で聞いて回っているようです」
「アルマル男爵には話を合わせてもらってるんでしょ?」
フィリップの質問にはエステルが変わる。
「ええ。手紙でも第二皇子派閥に喜んで入るとなっていましたし、強奪犯は大柄の男と細身の男の2人だと、噂を流してくれていますわ」
「じゃあ大丈夫じゃん。何を心配してんだよ」
「心配なのは、カイがわたくしのことを目の敵にしていることですわ。最悪、わたくしに罪を着せないかと……」
帝都学院でエステルとカイは何度も言い争いをしていたからの心配。フィリップもそのことに気付いたのか、ニヤニヤしてる。
「確かにありそうな話だね。でも、普通にしてたら大丈夫。あいつ、けっこう頭悪いし。なんだったら嫌味のひとつでもぶつけてやりなよ。もしもそれで捕まったら、僕が助け出してあげる」
「相手は剣聖の称号を持つカイですわよ? さすがにエリクでも……」
「何度か手合わせしたけど、思ったより弱かったよ?」
「え??」
「手を抜くほうがしんどかったぐらい。ま、向こうも何かを感じ取ったから、僕を近衛騎士に推してたんだろうけどね。最後は華々しく大怪我してやって、見事引きこもり生活を勝ち取ったんだ!」
フィリップが拳をグッと上げるので、エステルは吹き出す。
「プッ……フフフ。それは勝ってませんことよ。フフフ」
「聖女ちゃんの魔法で治る程度で完璧に収めたんだから、どう考えても僕の勝ちだろ~」
「フフフフフ」
勝利の基準が違うので、勝ち負けに相違が起こる2人。ホーコンもエステルに一票を入れていたので、フィリップはここでは負けていた。
「わかりましたわ。積年の恨み、嫌と言うほど吐き出してみせますわ!」
「いや、作戦の概要に触れるようなことは言わないでよ?」
「面白くなって来ましたわ! オホホホホ~」
「聞いてる? 顔、こわっ!? お義父さ~ん!!」
フィリップが助けてくれることを信じたエステルは高笑い。ただし、その顔はあくどすぎて、フィリップだけでなくホーコンまで引かすのであったとさ。
なんとかエステルを落ち着かせてこれからのことを話し合ったら、最後は違う心配。
「そういえば、カイはエリクのことに詳しいのですわよね?」
「まぁ……何その顔? 悪役令嬢そのものだよ??」
「ということは、いつものカツラだけではバレる心配がありますわね」
「まぁ……部屋で大人しくしてるから、その顔はやめよっか?」
「わたくしに妙案がありましてよ!」
「だから聞いてないって~~~」
「オ~ッホッホッホッホッホ~」
こうしてカイ・リンドホルム近衛騎士長来襲対策会議は、エステルの高笑いのなか終わるのであった……
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