025 勅令


 勅令書が届けられて5日の猶予期限ギリギリに、ダンマーク辺境伯領でも激震が走る。


「皇帝陛下の勅令により、本日から帝国では奴隷制度を廃止する!!」


 各町、各村に騎士が出向き、一斉にこのようなことを言って回っているのだから、奴隷を所有している者からしたらやってられないと非難の声があがっている。

 しかし、それは1人から3人程度しか奴隷を雇っていない所有者だけ。大人数の奴隷を抱えている所有者には先に話が行っているので、黙って聞いている。

 そのせいで非難の声をあげていた所有者も、あとに続く者が少ないので「あれ?」って顔で黙っていた。


「我々はどうしたらいいのでしょうか!?」

「行くあてがないのですよ!?」


 声が大きいのは、どちらかというと奴隷のほう。人から命令される人生を送っていた者ばかりなので、これからの生活に不安があるのだろう。


「この勅令には、皇帝陛下からも発案者の皇后様からも、何も指示が出ていない」

「「「「「そ、そんな……」」」」」


 騎士からの答えで絶望の表情を浮かべる奴隷。その次の行動パターンは、怒鳴り散らすか泣き喚くか、はたまた暴動が起こるか……

 しかし、ここ辺境伯領ではすでに準備が整っているので、騎士は指示書を読み上げるだけでいい。


「聞け! 辺境伯様はこうおっしゃっている。皇帝陛下と皇后様の指示がないのだから、各領主の手腕でやるしかないのだろう。おそらく奴隷を解雇する領地が多いだろうが、我が領地は1人たりとも解雇しない。

 私が足りない金銭は保証し、行き場のない者には仕事を用意する。皆を奴隷ではなく、人として領地で受け入れるから安心するように。ようこそ。我が領地へ。私は新しい領民を歓迎する……以上! 辺境伯様のお言葉である!!」

「「「「「わああああああ!!」」」」」


 ホーコン、会心の原稿に奴隷の声は弾ける。その感謝の声は、奴隷解放をしたフレドリク皇帝やルイーゼ皇后ではなく、ホーコンへといつまでも送られ続けるのであった……



「おお~。お義父さん、かっちょいい~」


 もちろん辺境伯邸がある土地でも同時発表なのだから、ここでは辺境伯本人が演説をしていたので、近くで見ていたフィリップはニヤニヤしている。

 

「その顔、やめるように言ってますでしょ。お父様もその顔を見てから恥ずかしそうにしてますわ」


 そのふざけた顔は、エステルにとがめられていた。


「だって、ほとんど僕の案なのに、あんなに堂々と言ってるんだよ? ウケるに決まってるでしょ~」

「確かにエリクが言っていた、知っている物語を傍目から見ているようで面白いですが、やらせてるのはエリクですことよ? なんなら、いまからでもあそこに立って正体バラしましょうか」

「ゴメン! もうニヤニヤしない!! ……アレ? これ、戻ってふ??」

「プッ……フフフ。謝罪は受け取りましたから、笑わせないでください」


 ギリギリまで表に出たくないフィリップは手を使って変顔をしたら、エステルも吹き出しそう。なのでフィリップは調子に乗って変顔をしまくり、エステルを笑わせるのであった。



 今日の発表は無事、混乱なく終わったから辺境伯邸に戻った一同だが、エステルが笑っていた姿をホーコンは見ていたのか説教していた。

 ただ、その現場を見てニヤニヤしていたフィリップに飛び火していたところを見ると、フィリップのめちゃくちゃな性格に慣れて来たのだろう。フィリップもその剣幕に押されて謝っていたし。


 それからもホーコンたちが慌ただしく働き、フィリップがぐうたらしていたら、再雇用されない者や元の職場で働きたくないと訴えた者がホーコンが住む土地へ集まって来た。

 その者は各農家に割り振られ、農業以外をしたいと言う者は新型馬車の製造現場や少なからず見付かったサービス業、その他肉体労働に回される。

 ちなみに、元の職場で働きたくない者の件はフィリップの発案。


「酷い扱いをしていたところで働かせるの? そんなの兄貴と聖女ちゃんが知ったら、どう思うかな~??」


 とか言ってホーコンたちを納得させていたけど、事実はフィリップも奴隷制度は好きじゃなかっただけ。ただし、ホーコンからは危機を未然に防げたと感心され、エステルからは仕事が増えたと文句を言われていた。

 もちろんそんなことをしている所有者ならば、手放さないように奴隷を脅している可能性が高いので、一軒一軒、騎士が聞き取り調査を行っている。



「エリク」

「うわっ!?」


 フィリップがサボっているところを見付かりたくないから屋敷の屋根で寝ていたら、エステルが顔を覗き込んで来たから滑り落ちそうになっていた。


「殺す気かよ~」

「こんな所で寝ているほうが悪くてよ。それより……」

「それより? 何かあったの??」


 エステルがもったいぶって溜めるので、フィリップは作戦に支障が出たのかと考える。


「また娼館通いを始めたらしいですわね」

「あ、そっち? ビビッた~……へ??」

「お父様から聞きましてよ」

「おお~い。何いちいち娘に報告してるんだよ~」


 最近暇になりつつあるが、もしものためにホーコンには居場所を伝えていたフィリップ。まさかエステルに伝えるとは思ってなかったのでグチグチ言ってるよ。


「エリクは、どうしてそんなに女好きですの?」


 その息継ぎの合間に、エステルの真剣な質問が飛び込んだ。


「女が嫌いな男がいる? あ、いるか。アハハハ」

「茶化さないでくださいまし」


 エステルが真剣な目を続けるので、フィリップは屋根に頭をつけて空を見上げる。


「この世界は、僕には暇すぎるんだよ。テレビもマンガもゲームもないんだからね。娯楽と言えば、演劇、歌、獣狩り? どれも元の世界と比べたら面白くない。唯一楽しかったのはダンジョンと女遊びぐらいなんだ。まぁ元の世界ではブサイクでぜんぜんモテなかったから、復讐を兼ねているのかもね。いや……リアル恋愛ゲームをやっている感じかな~」


 フィリップが遠い目をしてカミングアウトしているので、エステルも本当のことを言っているのかもと少しは思っている。


「言っている単語の意味はよくわかりませんが、暇ならば働けばよろしくなくて?」

「前世で死ぬほど働いたからイヤだ。言葉のあやじゃなくて、マジで過労で死んだんだからね?」

「エリクが真面目に働く姿が想像できませんわ」

「僕だってやる時はやるんだよ。ちょっと夢のような話をしてあげるよ」


 エステルがまだ前世の話を信じていないので、フィリップは車や電車、ビル群の話を聞かせるのであった……

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