011 初の夜2


 風魔法の件は「頑張ったら使えるようになっちゃった。てへ」とフィリップにゴリ押しされて、エステルも渋々納得したら就寝の時間。2人とも静かに目を閉じる。

 パーテーション越しに男がいるのが気になるのか、エステルはなかなか眠れずにいた。そうして小1時間が経った頃に、隣からゴソゴソと布が擦れる音が聞こえて来たので、エステルはフィリップも同じく眠れないのだと察して声を掛ける。


「殿下……」

「はいっ!!」


 フィリップからはいい返事が来たのでエステルは不思議に思ったが、驚かせてしまったのかとそのまま続ける。ちなみに2人とも姉弟設定を忘れているみたいだ。


「わたくし、殿下のことを嫌いでしたのよ」

「へ、へ~。そうなんだ~。でも、僕とえっちゃんは、喋ったことなんて数えるほどしかなかったはずなんだけど……嫌われるようなことしたっけ?」

「覚えてなくて??」

「まったく……」


 フィリップがゴソゴソしながら考えていると、エステルから正解を告げられる。


「殿下はわたくしを見る時、いつも含み笑いをしていたのですわ。その顔がルイーゼと陛下の次に、夜な夜な思い出されるのですわ」

「含み笑い……あっ! してたかも??」

「どうしていつも、あのようなふざけた顔をしていたのですの?」

「いや、アレは、その……」

「理由がわかれば、もう殿下の夢を見なくてもよくなるのですわ。どうか、教えてくださいまし」


 まさか自分まで悪夢の対象となっていると聞いて、フィリップも少しかわいそうに思う。


「言ってもいいけど、絶対に嘘だと思うよ?」

「これから嘘をつく宣言ですの?」

「違う違う。嘘みたいな話だから、絶対に信じないと言ってるの」

「……わかりましたわ。信じる努力はしますわ」

「変に追及して来ないでね~?」


 念を押したフィリップは、とうとうと語り出す。


「例えばだよ。例えば、この世界が平民の女の子が王子様に見初められ、祝福されて終わる小説だったとしよう。ヒロインは聖女ちゃん。敵役にえっちゃんね。えっちゃんは王子様と結婚したいから聖女ちゃんの邪魔をするけど、それは上手くいくと思う?」

「小説でしたら、終わりが決まっているから無理ですわね」

「でしょ? じゃあ、えっちゃんが小説だとわかっていたならどう??」

「そうですわね……失敗することはやらずに、違う方法で王子様を落とそうとしますわ」

「まぁそうだろうね~……」


 フィリップは一呼吸入れると質問を変える。


「じゃあ、えっちゃんはまったく関わりのない傍観者だったら??」

「それは……え? そういうことですの??」

「答えはなに??」

「起こることはわかっているのですから、楽しんで見ているかもしれません……」

「おお~。意外と僕とえっちゃんは思考が似てるんだね」


 フィリップは拍手を鳴らすが、エステルは納得いかない。


「この世にそんなことあるはずがないですわ」

「ね? 信じられないでしょ? だから言いたくなかったんだ」

「あくまでも事実とおっしゃるのですね……」

「別に信じなくてもいいよ~」


 クスクスと漏れるフィリップの笑い声に、エステルの考えは妨害される。


「では、この世界が小説だとして、殿下は何役なのですの?」

「僕? 僕は途中参加で物語のアクセントをつける、ヒロインの攻略対象だね」

「攻略対象とはなんですの?」

「相手の望む答えを言い当てて、恋仲になるんだよ。この小説の面白いところは、攻略対象が複数いて、ヒロインの言動でラストが変わるんだ」

「確かにそんな小説は、画期的で面白いですわね。でも、殿下が攻略対象から外れているということは、手の込んだ作り話ということですのね」


 ここでエステルは現実的な話に戻ったが、フィリップは引き戻す。


「僕も最初はヒロインと結ばれるのもアリかと考えていたんだ。その道なら皇帝になることも可能だし。仕事は人に押し付けてダラダラすればいいしね」

「では、どうして一緒にならなかったのですの?」

「それが聖女ちゃん、めちゃくちゃ難しいはずのハーレムルートまっしぐらだったんだ。さすがにハーレムの1人にされるのは嫌だったからね~。逃げ回ったってわけだ」

「逃げる? つけ回すの間違いでなくて??」


 エステルの質問に、フィリップはキョトンとする。


「見てたの??」

「いえ、学友がルイーゼに声を掛けようとしたら、いつも殿下がその後ろのほうに立っていたから何もできなかったと聞きまして」

「それはひと月ほどの話でしょ?」

「そういえば、いつしか見なくなったとも言ってましたわね」


 フィリップはホッとした声に変わる。


「アレはね、どんなに隠れていても聖女ちゃんが僕の前に現れるからだ。あいつ、屋根の上でも物置の中でも、平気で現れるんだよ。だから休憩時間は人が来ない男子トイレに籠っていようと思ったのに、1日で見付かったんだよね~」

「男子トイレ……どこかで聞いたことが……」

「あの子じゃない? 取り巻きの小さい子」

「ああ。ありましたわね。個室に入っていた殿下を怒らせたとかで、一緒に謝りに行きましたわね。あの時は言いませんでしたが、緊急事態とはいえ、いくらなんでもはしたない言葉ですわよ」

「どう考えても、男子トイレに入って来る女子が悪いでしょ~」


 この出来事はエステルの取り巻きに、幽霊が出ると噂の男子トイレにルイーゼが押し込まれてイジメられる展開になる予定だったが、フィリップが個室から名指しで「第二皇子がウンコしてるんですけど~!」と怒鳴ったことだ。

 ちなみにルイーゼは助けられたと思ってトイレの前で待っていたのだが、フィリップは窓から飛び下りて事無きを得た。だから、ルイーゼは本当に幽霊が出たとフレドリク皇帝に相談していた。


「まぁそんなこともあったから、聖女ちゃんの後ろにいたほうが安全だと思ってしばらくつけていたというわけだ。そのおかげで攻略対象から外れて、僕はぐうたら生活を手に入れてハッピーエンドとなったとさ」

「……それはハッピーエンドと言えますの?」


 フィリップとしては最高の終わり方だと思っていたようだが、エステルにはとてもハッピーエンドには聞こえないのであったとさ。

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