第187話

「……次の質問に移りたいのだが……神耶よ、大丈夫か?」


 次は嗣季の番……のようであるが尚斗がこの通り負の面に落ちかけている状態で、鉄仮面を貫く嗣季でさえ気を使うほどである。

 尚斗の隣に座る美詞が尚斗の肩を揺する。


「ほら、神耶さん。正気に戻って下さい。みなさんドン引きされてますよ?」


「……おっとすみません。少々お見苦しい姿を晒してしまいました。西園寺殿は何を知りたいので?」

「……不便だろう、嗣季でいい。私が知りたいのはあの悪魔の事だ。奴は子爵と名乗っていた。あれはどの程度の実力だったのだ?正直負けることはなかっただろうが勝てる気もしなかった。私はあの魔界門事件の際も作戦に参加していた。……当時も確かに陰陽術の効きは悪かったと感じていたがそれでも力押しは出来たんだ。悪魔の爵位持ちというものはあれほどまでに手も足も出ないものなのか?」


 西園寺嗣季があの作戦に参加していたのは知っている、尚斗がいた右翼側とは正反対の左翼側で一族を率い一人討伐数を稼いでいた人間、目立たないわけがなく尚斗が嗣季の存在を知ったのもその時が初めてだ。

 まわりが討伐に手古摺るグレーターデーモンを物ともせず討伐していたその手腕から、とんでもない人間がいたものだと慄いていたのを覚えている。


「確かにあの時嗣季さんはグレーターデーモンを最も多く倒してましたね。だからこそ東洋の術との相性の悪さを実感していただいたと思います。数字で示すなら約50%……半減ですね。そしてそれを踏まえて申しましても嗣季さん、あなたの力は子爵位程度ならなんとかなります」

「……しかし私はっ―」

「はい、今回の相手は純粋に相性が悪かった。彼が召喚した魔界の兵は不壊属性に特化してました。また、攻撃よりも防御術、そして搦め手を得意としていた個体です。力によるゴリ押しだけでは突破できず、また陰陽術による浄化では威力が足りなかった……ということになります」

「……私はどうすればあの悪魔に勝てた?」

「まず最低でも神道術による浄化が必要になるかと。陰陽術は学問ですのでどうしても信仰による浄化には劣ります。聖秘術も神への信仰を力にした浄化術に特化しているんです。浄化術だけを例に述べるなら聖秘術によるものを100とした場合陰陽術の浄化は30、神道術は60程度と思ってください……効きが悪いのは仕方がありません。魔界門事件の時のように最初から実体を伴っている相手であれば力は強くてもまだなんとかなります、そう……私が勇利君から引きはがした後のあの状態の悪魔であれば嗣季さんでも滅することは可能かと。しかし人間に憑りついた実体がない悪魔はやはり聖秘術を扱うエクソシストのみが、人間から引きはがす事ができる特権なのですよ。要は畑が違うのでこればかりはなんとも……」


「そうか……ままならんな……」


 どうやらこの御仁、最強を謳うだけあって独力で敵わない相手がいる事がもどかしくてならないようである。

 しかしこればかりはどうにもならない、悪魔祓いはエクソシストの御家芸なのであるからして。


「解決案としましては嗣季さんがキリスト教に転向するか兼任するかですね。私も名前だけのクリスチャンでありますが同時に陰陽師ですし」

「……一考としよう」


 自分が経定のようにキャソックに身を纏った姿を思い描いたのだろうが、どうもしっくりこなかったようで煮え切らない返事が返って来た。


「一族にエクソシストを抱え込むのも一手ですね、悪魔祓いの儀式をエクソシストに任せ人間から引きずりだしたところを嗣季さんが滅する。これが一番現実的解決法ではないかと」

「……やはり独力では無理があるか……」


 嗣季の呟きによる返答は尚斗の苦笑によりなされた。


「今の日本はまだ悪魔による被害は少ない……しかしこれからもそうとは限りません、事実近年日本では悪魔の被害が増えております。経定君もそのあたりを危惧しエクソシストを日本に広めようとしているみたいですね、よき先見性を持っています。西園寺家もエクソシストを育成したい場合はおっしゃってください、私の伝手で良き師を紹介させていただきます。ああ、もちろん私の師ではないのでご安心を」

「……どうにもならぬなら仕方ないだろう。わかった、その時は頼らせてもらう」


 除霊の前線組の問いかけは終わったみたいだ。

 さてここからが本番だろう、方位家当主二人が纏うオーラが一気に強まった。


「んじゃ、こっからが本題だな。尚斗よォ、言いたい事はわかってるな?」


 案の定痺れを切らしていた兼平が前のめりに凄んでくる。


「さて、なんのことやら。言葉は人間だけに許された意思疎通手段ですよ?端折らないでくださいよ兼平さん」

「テンメェいい度胸だ。……まぁいい。そこの小娘がサダに使った術の事だ。あれは……治癒術なのか?」


 一般人である惣二郎と宗近はその価値を知らないが故に平常を保っているが、向かい合う異能者5人は尚斗の返答を期待するかのように固唾を呑み見守っている。


「ええ、治癒術ですね」


 あっけなく答える尚斗に兼平のこめかみに浮かぶ血管が破けそうになっている。


「その価値を分かってて言ってるんだろうなぁ尚斗ォ!……まぁそれなら話ははえぇ、その小娘をこっちへ寄越せ。うちで面倒を見てやる」

「おい近衛の。貴様まさか治癒術を独占しようと企んでおるのではないだろうな?あれは我が西園寺にこそ必要な力だ」

「他の一族に任せれるわけがねぇだろうが」


 近衛家と西園寺の戦争が勃発しそうな流れとなりそうなので、ひとまず尚斗が間を割って入った。


「喧嘩をされるのは勝手ですが、美詞君はどの家にも渡しませんよ。私の弟子です、私が面倒を見ます」


 互いに顔を突き付け言い争いに発展しそうな様子を見せていた当主二人が一斉に尚斗を睨みつける、ご丁寧にも殺気マシマシの眼光を添えてだ。


「わかってねぇのか尚斗!?その娘はすべての退魔師の火種になる、必ず争いの中心になる!組織力も力も足りねぇテメェが守り通せる訳がねぇだろうが!!」


 尚斗は兼平のその言葉を聞き胸が温かくなるのがわかった。

 言葉はキツイ、しかしそこに込められた思いを尚斗は知っているからだ。

 誤解を受けやすい言い方だが翻訳すると「方位家の力で他家の干渉から美詞を守ってやる」と言ってくれているのだ。

 それは尚斗が協会から追放された時も同様のやり取りがあった。

 隆輝を失った神耶家を魑魅魍魎共から守るため兼平が尚斗に話を持ち掛けてきたのだ、今と同じように言い方は乱暴だったが内容は「神耶家は守ってやるから自分の下に来い」と。

 しかし神耶家が近衛家の傘下に組み込まれることを良しとしなかった尚斗はその申し出を断った。

 その後、時任基晴の誘いには乗ったのだから兼平は拗ねてしまい尚斗への当たりが強くなってしまったという経緯がある。

 それでもこうやってまだ不器用ながらも目を掛けてくれるのだから、情に厚いツンデレなんだろうとほっこりしているのは内緒だ。

 「美詞を守ってくれようと気遣ってくれてありがとう」と感謝の意を伝えたくはあったが、これからの話の流れ上尚斗は毅然とした態度で臨む必要がある。


「兼平さん、何か勘違いをされているようですね。纐纈さん、少々テーブルを汚してしまいますが構いませんか?」


 ここで話を振られると思ってなかった惣二郎はきょとんとする。


「え、えぇ。その程度問題ありません」


 尚斗はナイフを取り出すと素早く自分の左手をピッと切り裂いた。

 たちまち溢れ出る黒みの帯びた赤色、唐突に行われた自傷行為に一同が驚きを露にする。

 しかし次の光景を見てその驚愕がひっくり返るほどの驚きに見舞われる。


 尚斗の右手が黄金の光を纏い、その光を近づけた左手の傷が瞬く間に塞がっていったのだから。


「な……なぁっ!!」

「……神耶の倅よ……貴様も……なのかっ!」


 思った以上の反応を見せてくれた当主達に尚斗の口角が持ち上がる。


「治癒術は私が復活させました。言わば私が新しい治癒術の開祖となるのです」


「そんなバカなっ!復活させただとぉっ!?今までどれだけの一族が挑み夢破れたか分かっているのか!?それを簡単に……復活させただとっ!?」


 多くを語らない西園寺家の当主がまくし立てるように口撃を放ってくるが、尚斗の顔は涼しいものだ。


「西園寺殿、落ち着いてください。治癒術途絶の意味の大きさは理解しています。しかし現に今使えていますし、指導できるだけの体制も整えました。もはや治癒術は過去の伝説だけではなくなったのです」

「指導……?指導と言ったか尚斗ォ?まさかテメェ!!」


「やはり兼平さんは鋭いですね。ここに居る『桜井』美詞君が治癒術を使えていることが答えです。治癒術の研究は桜井家が協力してくれました。実験を経て桜井大社の巫女達の多くが治癒術を修めるに至っております。近々私はこの成果を以て治癒術の復活を大々的に発表する用意があります」


 尚斗の説明はすべて事前に作っておいた「シナリオ」によるもの。

 すべては美詞を守るために作られた台本であるが、尚斗はさも自分が本当の開祖であるかのようにうまく振舞っている。

 大量の情報を一気に開示することで思考をパンクさせ誘導するのだ。


「ま、まてまてっ!テメェ分かってんのかっ!?……いや、そうじゃねぇ……テメェわざと俺らの前に治癒術を晒したなっ!?」

「どういうことだ近衛の!そんなメリットがどこに……いや、そういうことなのか!?」


 どうやら尚斗の意図を当主達は察したようである。


「さすがです、やはりお二人は他の方位家とは違う。見込み違いでなくよかった」


 まだ理解が追いつかない息子達が親に詰め寄る。


「親父っ!どういうことなんだよ!」

「……こいつは俺らと交渉がしたいようだ……望むものはなんだァ?テメェの後ろ盾か?」


「大した事は望んでいません、できれば近衛家と西園寺家には他家からの『抑え』になってもらえればと」

「それを後ろ盾ってんだよ甘ちゃんが。で、見返りはなんだ?」


 道臣も尚斗の方を向き頷いて見せている、どうやら両家共交渉のテーブルに乗ってくれるようだ。


「先ほども申しましたが既に治癒術は指導できるレベルに至っております。習得には神道関係者……いわゆる神力を扱える者に限られますが、修練次第では力の弱い方でもある程度のレベルまで治癒術を修められる事が確認できました。一族におられる方、もしくは居なくても今から見込みのありそうな家を囲う事が出来るのでは?」


「……それは治癒術のノウハウをうちと西園寺家に供与する……そう捉えてもいいんだな?」


「はい、私も忙しい身なので私が直接指導するとはいきませんが、桜井大社では既に教導のための人材を育成し終え教育環境を整えました。そちらに該当する人員を送っていただくことになります。そして今回の発表に合わせまして既に桜井大社、時任幕僚長、御堂協会理事からの支持と協力をとりつけております。方位家の御二方がそこに加わっていただけるのでありましたら防衛網としては上出来かと思いますが?」


「そこまで手をまわしてやがんのか……横の繋がりが薄いテメェにしては及第点ってとこだな」

「神耶の倅よ、わかっておるだろうが方位家は一枚岩ではないぞ?我等二家が協力したところですべての古式派を抑える事は叶わんのはわかっているな?」


「ええ、あの老人達ですね?それはそれでいいんです。どうせ私は退魔師協会に未練がありません。というよりも今より下を想像する方が難しいですね、既に私はそれほどまでに嫌われていますので。どんな妨害を入れてこようとも私はフリーの身、奴らの息のかかった人間達を指導候補から外せばいいだけのこと。もし実力行使してこようものなら降りかかる火の粉を払うのみです」


「そうか……神耶の倅は我等と違い界隈の柵が少ないのだな……力もないくせにここまで老人共を虚仮に出来るのは貴様ぐらいであろうよ。近衛の、どうする?西園寺家は乗るぞ」

「ハンッ!上等だ、近衛家も乗ってやる!西園寺の、うちは神職者を抱えてるからいいがソッチはいねぇだろ?」

「確かにいないが心当たりはある、引き入れるにはそう問題もないな。まさにインサイダー取引ではないか?」


 既に二人の間には政治的判断を伴う暗い構想が駆け巡っているようであるが、味方である内は心強い。


「では交渉成立ということで。詳細は追って協議しましょう。御二方が応じて下さり嬉しく思います、これからもどうぞ良き協力関係を構築できましたら」


「あぁ、神耶の倅よ、お手並み拝見とは思っていたが今日は有意義な時間であった。少々性格に難はあるがそれぐらいでなければ次期当主は務まらん。これからも頼むぞ」

「あのクソボウズが一丁前に俺と張り合うようになりやがったな。ところでなぜ今頃上を目指す気になった」


 尚斗は少し逡巡するような様子を見せたが言葉にするには恥ずかしいのか躊躇いを見せている。


「はは……まぁ、親孝行のため……ですかね」


 そうボヤかして伝えるのがやっとのようだ。


「……青くせぇが嫌いじゃねぇ。テメェはまだアイツの事を諦めてねぇってことだな」


「ええ、もちろん」


 その答えだけは力強く、迷いを見せることもなくはっきり告げる。

 それだけを目標にずっと走ってきたのだから。

 尚斗をとりまく環境は近年になり目まぐるしく変わってきた、しかしそれは彼にとっても……そして今後の神耶家にとっても、きっといい変化なのかもしれない。

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