第42話

 正彦を追い詰めるべく尚斗は次のステップに移っていた。

 次に尚斗が電話をかけたのは昨日に会ったばかりの御堂である。


「やぁ神耶君、昨日の今日で連絡とはなにか伝え忘れていたことがあったのかい?」

「すみません御堂さん、別件でもあり先日の件にも絡んでいます。至急調べていただきたいことがあるのですがよろしいでしょうか?」

「ああ、君には世話になったことだし構わんよ。それに昨日の件も絡んでいるとなれば猶更だ。で、どうしたんだい?」

「まず確認なのですが。先日逮捕されました服部、現在はどちらで取り調べ中ですか?」

「服部かい?少々待っていてくれ……」


 一旦保留になり電子メロディが流れだす。

 その場で関係機関に確認をとってくれているのだろう、少ししてからまた繋がった。


「もしもし、服部だが昨日表側の取り調べが一旦終わり、今は裏側の尋問中だ。服部に確認することがあるのかい?」

「はい。詳しい話はまた後程させていただきますが、東郷と服部が絡んだ呪いの案件が見つかりました。現在の担当官と直接話をしたいのですが繋ぎは可能ですか?」

「なに?呪いとは穏やかではないな。先にこちらから担当官に事情を話しておくのでそちらから神耶君の携帯に直接かけさせよう。呪いの被害はあるのかい?」

「大丈夫です、寸でのところで食い止めることができました。ありがとうございます御堂さん、この借りは今度何らかの形でお返しします」

「流石だね、これで奴らの罪状追加だ。また事後報告だけでもしてくれればそれでいいさ。元々協会から出たサビなんだ、君が気にしないでくれ」

「ありがとうございます、ではまた」


 一旦電話を切り、担当官からの連絡を待っている間説明を求めるような宗近の視線に尚斗が気づいた。


「おっと、今のは退魔師協会の理事をされている方です。先日の事件の際協力していただいた方だったので服部への近道かと思いまして」

「なるほど。協会の理事とは……君はいい人脈を持っているようだ。して、これからその服部に接触するのだろうが……勝算はあるのかい?」


 宗近の言葉に尚斗の口がニヤリと弧を描く。

 心なしか眼鏡のレンズまでもが光を反射したように見えたのは気のせいだろうか。


「吐かせればいいんですよ吐かせれば……ひとつお聞きしたいのですが正彦さんのフルネームは?」

「あ、あぁ。佐伯だ、佐伯正彦(さえき まさひこ)だよ」


 宗近は尚斗の裏の顔を見たかのようにその迫力に気圧され言葉がつっかえてしまった。

 丁度そのタイミングで尚斗の電話が鳴り、宗近の緊張は解けることになった。


「はい、神耶です」

「すみません、こちらは神耶尚斗さんのお電話で間違いはありませんか?」

「ええ、合っております」

「失礼しました。私、情報局担当官の筒井と申します、御堂さんより話を伺いこちらへ連絡させていただきました」

「ありがとうございます、緊急の要件でありましたのでお忙しい中とは思いますが突然で申し訳ございません」

「いえ。服部に関わる案件で直接御話したいとのことですが、内容を確認させていただいてもよろしいでしょうか?」

「現在私が受け持つ調査中の案件で、東郷と服部が絡んだ異能事件が挙がってまいりました。一級禁術行使、内容は呪いによる殺人未遂です」

「なるほど……事実の確認をとりたいのですね?しかしながら外部の方の電話での直接的なやり取りは規定上問題がありまして……伝言という形ならなんとか通せると思うのですがそれでもよろしいでしょうか?」

「……そうですか、あまり無理は言えませんね。ならば服部にお伝えいただいてもよろしいですか?神耶尚斗からの伝言だとお伝えください。『桐生に憑いた爪痕は私が掌握した、呪いを返されたくなければ佐伯正彦との関係を洗いざらい吐け』と。大丈夫ですか?」

「え、えぇ。強迫ともとれますがまぁ人を呪わば穴二つですしね、グレーといたしましょう。それに神耶さんのことは便宜を図るよう通達されておりますので」


 物騒な強迫伝言を聞いた担当官はドン引きのようでもあったがその後に続いた担当官の言葉に今度は尚斗が驚く番であった。


「え?私のことが?」

「数少ない実力確かな協力者であるのは周知の事実ですので。いやぁ、かくいう私もあなた方のおかげで仕事が増えましたよ。裏の仕事は人材不足ですからねぇ、忙しいったらありゃしない……おっと、オフレコでお願いします。では、服部を問い詰め事実確認が取れましたら再度連絡させていただきます。では失礼致します」

「あ、え、えぇ、お願いいたします」


 お堅い人間かと思えば案外軽いノリだったため尚斗は呆気に取られてしまった。

 釈然としないものを感じたがまぁ仕事はきっちりしてくれるだろうことを期待し切れた電話を置く。


「神耶さん大丈夫かね?」

「え?えぇ大丈夫です。あとは服部の供述を待つだけなので昼食をいただきましたら一旦病室に戻りましょうか」


 チラリと美香子と正彦が座るテーブルを窺うと談笑を交わしながら食事をしている姿が映った。

 仇を目の前に笑顔で会話のできる美香子の胆力に関心すると共に、その祖父を殺そうとしている笑顔を張り付けた正彦。

 事情を知らない者が見ると仲睦まじいカップルに見えなくもないが、内情を知っているととても見れたものではないと思ってしまう尚斗であった。



 ― 病室にて ―


 なるべく美香子を一人にさせぬよう、退店のタイミングも合わせ美香子の跡をつける形で病室まで戻った。

 正彦に関してはやはりというべきか宗近の見舞いを申し出ていたが、うまいこと躱したようで退店時に会社に戻ったみたいである。

 病室に戻ってからまずしなければいけないのは妙恵への説明である。


「そんな!正彦さんが……どういうことなの宗近さん?」

「奴は……正彦は最初から私の会社が目的だった。さっさと退陣しない私が邪魔だったのだろう、強硬手段に出たみたいだ。奴の不正を私が突き止めたものだから計画を早めたんだそうだ」

「あんなに……あんなにかわいがっていたのに……美香子のことだって……親も亡くしてその上婚約者にも裏切られて……いったいこの子がなにをしたと言うの……うっ……うぅ」


 美香子本人よりもショックを受けている妙恵はついにその場で泣き崩れてしまった。

 その場に座り込む妙恵に美香子が駆け寄るとそっと肩を抱きとめ支える。


「おばあ様、私は大丈夫。確かにショックだったけど結婚する前に知ることができてよかったと思ってるの。それよりもおじい様のほうが大変なのに……こんなになってまで家族を守ろうとしてくれたんですもの、それが報われたことのほうが私は嬉しいわ」

「美香子……」


 先ほどと同じように肩を抱き合って慰め合っている姿から互いにとても大切にしているのだということが窺い知れる。

 そういえばと、尚斗は会話の中で出てきた内容で気になった事を宗近に質問してみた。


「あの、そういえばまだ聞いていなかったのですが……美香子さんのご両親は既にお亡くなりに?」

「……あぁ。痛ましい事故だった。3年前だ、息子の海外出張に息子の妻が生活のサポートをするためついて行ってたのだが、帰国便である飛行機が洋上に墜落してね……二人とも帰らぬ身となってしまった」

「3年前の飛行機事故……墜落するもまだ機体の破片しか発見されておらず、生存者も絶望的と言われていたあの事故ですか?」

「そうだ。今も墓の中はからっぽだよ。そのあと残された美香子を私達が引き取ったんだ。私達ももう年だ……もちろんまだ死ぬつもりはないがそれでも美香子を一人残して逝くことになるかもしれんからな……婚約者ができた時は肩の荷を降ろせそうだと喜んだものだが……まさかこんなことになるとは」


 いくら自立した女性とは言え頼る親族が他にいないということも祖父母が心配していた点だと言う。

 美香子を嫁にやるまではと今まで以上に少しでも長生きするため健康維持に気を使っていたそうだ。

 そこまでかわいがっていた孫の婚約者がこの有様なのだ、たしかに気落ちしてしまうのは仕方がない。


「桐生さん、あなた方祖父母がいれば美香子さんはきっと大丈夫です。なのでさっさとこの忌々しい呪いをどうにかしちゃいましょう」

「解いてくれるかね?」

「ええ、すぐなのでその場にいてください。美詞君も傍で見ていてくれますか?」

「はい、なにかお手伝いできることありますか?」

「いや、本当にぱっと終わっちゃいますからねぇ。方法も参考にすらなりません」


 ではなぜ見ていてくれと?と思った美詞だったが、なにか理由があってのことだろうと素直に従うことにした。

 宗近が横たわるベッドを両側から挟むような形で尚斗と美詞が向かい合った。

 先ほどのように寝間着をはだけさせると、そこには妙恵が施したであろう札が包帯で胸のあたりに巻かれているのが見て取れた。

 

「さて便宜上除霊手順としましょうか。今回の施術は呪いの解除であって解除でありません」

「えっと……どう違うのでしょうか?」

「先ほども言いましたが、このまま呪いを解いてしまうと服部に呪いが返り死に至ってしまいます。彼は重要な証人ですし今死んじゃえば事情聴取をしてらっしゃる方々がかわいそうですからね、今回は『解く』ではなく『剥がし』ます」

「分けて表現されるということは違いがあるのですね?」

「呪いをかけられた方の結果は同じです、復調に向かうでしょう。術自体の結果が変わります。虫で例えますと『解く』場合は捕まえた後リリースします。虫は巣に帰る、つまり術者に返ることになります。『剥がす』のは捕まえたあと離さないことです。今回は虫かごに入れちゃうことにします」

「神耶さん、今の例えですと呪いは生きたままってことじゃないんですか?」

「はい、そういうことです。私が呪いを消し去るまで服部の命は私の手のひらの上ということになります」

「うわ……神耶さん……今の顔ちょっと怖いですよ?」

「ははは、何を言っているんですか美詞君、気のせいですよ気のせい。まぁこういう方法もあるんだよというのを知っててもらいたかったのです。ただ返すだけが解除方法ではないというね」


 そういって尚斗は包帯をはさみで切り、札を美詞に預け眠る宗近の胸に霊波を流し始めた。

 案の定そこに浮かび上がってきたのは三本の傷跡、これが呪いの証であり心臓を破壊しようと延ばされた凶爪。

 尚斗が左手に聖書を取り出すと勝手にページがめくれ上がり丁度中間あたりでピタリととまった。

 尚斗が聖書を取り出したということは、これから聖句を並べ神秘術でもって呪いを対処するのだろうかと美詞は考えた。

 しかし尚斗は……心臓付近にある傷の……


 先っぽを

 指でつまみ

 ペリっとひっぺがすと

 丸めて

 聖書に放り込んだ


 パタンと聖書が閉じられると


「はい、終わりです」


 ………


「「「「……え?」」」」


 まるで本当に虫を籠に放り込むようなその一連の動作に、緊張しながら見守っていた宗近も、抱き合い涙していた妙恵と美香子も、正面で華麗な技を見れると期待していた美詞も


 声をそろえて呆けてしまった。

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