第一章 破壊の国「カタストロ」

第9話

「ルカ!」


 ブラッドロウ家当主執務室の扉が、大きな音を立てて開かれる。


「ノックくらいしろ、マクア」


「してられっか!」


 王宮へいるはずのマクアが息を切らして帰ってきたにも関わらず、ルカは書類から目を離さない。


「カルマが外へ出たってどういうことだ!」


 軍務を全うしていたマクアは、エレノスが火の海になってから数日、屋敷に帰っていなかった。

 ようやく国民の生死確認を終えたところで、早朝から軍内各部隊長に召集がかけられ、衝撃の事実が告げられたのである。


「〈逃亡者カルマ・ルス・ブラッドロウを捕獲しろ〉なんてどうなってやがる!屋敷にいたはずだろ、カルマは!」


「外に出ていた。使用人から連絡をもらって駆け付けたところ、既に飛行船に乗っていた」


「飛行船だ…?嘘も休み休み言えよ。どんな状況だってお前なら止められたはずだろうが!」


 机を思い切り叩かれ、ルカはようやく顔を上げる。そこからは怒りも焦りも感じられなかった。


「軍から国王陛下へカルマの件を伝えたのは私だ。カルマは自ら外へ出ていった」


「お前が、伝えたって…何したか分かってんのか!」


「分かっている。お前は軍務を全うしろ、マクア。弟の一人くらい捕まえられなくてどうする」


 ふざけるなと叫び散らしても、ルカは態度を一切変えない。現実を突き付けてくる冷酷な瞳は、カルマに向けていたはずの笑顔の面影をすべて消し去っていく。


「上層部の人間が〈継承者〉だの、どうのこうの言っていた。カルマはそれに関係してるのか」


 必死に声を抑えてみるが、どこにも向けられない憤りが噴き上がってきて仕方ない。


「何も考えるな。お前は国王陛下の決定に従う他ないはずだ。王宮に戻れ」


 これ以上は埒が明かないと、マクアは否が応でも理解した。




 廊下を歩いている途中に我慢がきかなくなり、穴が開く勢いで壁を殴った。こぶしが血ににじむ。



「何、してんだよ…」


 たった一つの理由も無く、あの賢い弟がエレノス帝国の逃亡者に認定されるなどあり得ない。しかし、自分は知らないことが多すぎる。唯一分かっていることは、自分がこの国に縛られているということだけ。




「外になんて行っちまったら…俺はお前を…殺さなきゃいけねえんだぞ、カルマ…!」



 胸元を握りしめながら嘆いても、誰にも届かない声となってかき消されるだけだった。


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