第8話
ぼんやりと意識が覚醒し、カルマは見覚えのある天井を見た。不思議と体が軽い。
「カルマ、起きたか」
「ジール、叔父様…」
一番最初に視界に入ってきたのは、不安そうな表情をしたジールだった。ふと右手を見てみると、先ほどのような形からいつもの腕に戻っている。
「カルマ」
「あ、ルカ…」
先ほどは何をしたのか問おうとしたが、あまりに深刻な顔をしている兄に言葉を失う。
「何故ブラッドロウと契約をした」
彼の口から発せられた一言はそれだけだった。
「なんで、契約のこと知って…」
「時間が無い。答えなさい」
尋常ではない怒気に、カルマは目を背けることなく起き上がる。
「俺は、こんな世界間違ってると思う。鎖国国家を義務付けて、各国が優位に立とうとして人間の売買が行われて、戦争も起きて、人がいとも簡単に死ぬ。俺は…開国する!神や八戒に囚われているすべての国を開国して、新たな世界を作るためにロティと契約した!」
「ロティ…あの鴉に名前を与えたのか」
口元を震わせているルカに、かける言葉が見つからなかった。自分は間違えたのだろうか。兄を悲しませている現実に、ほんの少し後悔がよぎる。
「ロティは、俺の友達だ。俺はルカやマクアと違って無知で無力だから、ロティ…ブラッドロウの力を借りることにしたんだ」
「ジール叔父様。先ほどお願いしたものはありますか」
カルマの話を聞くや否や、ジールの方向を向くルカ。その背中は、なぜかいつもよりも小さく見えた。
「屋敷の裏に用意してある」
振り返ったルカの顔が見れず、思わず目を逸らす。
「カルマ」
そんな弟の心中を察してか、ルカは寂しそうに微笑み、そっとカルマを抱きしめた。
「これからどうするつもりだ」
声が震えていた。王宮に行っていないほどだ、よほど心配しているのだろう。
「外に、出ようと思う。ここは支配の国で、王族よりも上がいる。今の俺じゃ、何もできないから」
「そうか…そうだな、その方が、きっといい」
謝罪の言葉が出かけたが、それがルカをさらに苦しめるであろうと思い、カルマは口をつぐんだ。
「叔父様、これは…」
「飛行船だ。三人用の小さなものだがな」
エレノスにおいて飛行船は、王族のみが使用を許可されている移動手段である。
「これは、君たちの父親が残したものだ。兄は夢見ていたんだ、いつかこの国を出てみたいと」
「父上が?」
「私はただ預かっていただけだ。起動方法は中に書いてある。ハンドルを使えば簡単に移動ができるはずだ。良くも悪くも今の空は穴だらけだ。すり抜けて逃げなさい」
笑ってはいるが、ジールもまたこの現状を理解しているようだ。
「カルマ。国の外にはお前の知らないことが山ほどある。味方はいなくとも敵は増えていく一方だ。まずは味方を探しなさい」
「味方、ですか」
「この国では君のような契約者は公になっていない。外に出たからと言って安全になるという保証もない。まずは生きることを最優先にするんだ。決して命は無駄にするな」
今この瞬間だけでカルマは、自分がどれだけ大切にされてきたかが分かった。そしてそれは決意に直接繋がっていく。
「カルマ、一応言っておく。私はブラッドロウが心底嫌いだ」
「聞こえているぞルカ」
「私の名を呼ぶな鴉」
どんな関係性かは不明だが、互いに不仲ではあるようだ。飛行船に乗るよう急かされ、慣れない足元で何とか乗り込む。
「ルカ、俺絶対帰ってくる!今よりずっと知識増やして、ロティと一緒に強くなって、ルカとマクアが王宮に縛られない世界を作るから!」
数年ぶりに目にしたルカの驚いた顔は、どことなく安心感があった。ふわりと笑えば悲哀が漂うが、公爵である前に彼は兄なのだ、と再認識した。
「疑え、カルマ!」
エンジンをかけて、ルカとジールが二人で飛行船を押し上げる。
「私も、マクアも、ブラッドロウも、皆疑え!お前は賢い。私たちの自慢の弟だということを忘れるな!行ってこい!」
空に浮かんでいく飛行船。自然と小さくなる家族の姿。
「行ってきます!」
扉を閉め、ハンドルを掴む。
「良いのか、これで」
涙を流すカルマの横で、ロティも前を見据えている。
「良かったかどうかは、これからの未来で決まるんだ。それに…楽しみだって考えようと思ってる。すごい最低なこと言ってるとは、思うんだけど」
興味が深まるばかりであった外の世界。憤怒も悲哀も欲の一つに過ぎないと、そう考えることがカルマにとって一番重荷が少なかった。
「新しい世界…新世界を開国するなんて、無謀だとは思う。でも、ロティがいるなら叶う気がするんだ。なんとなく」
「お前は昔からなんとなくが多すぎる」
「でも許してくれるだろ」
ようやく涙が引いた。下を見れば火の海。これを地獄と言わずして何と言おうか。
「行こう、外へ!」
一人の青年と一羽の鴉による、長い長い旅が始まる。
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