テリトリー

久芝

テリトリー

猫が路地裏に消えていく。彼らは死期が近づくと、自ら姿を消しゆっくりひっそり去って行く。潔い。猫好きにとっては周知の事実で、その考え方を学びたく猫になりたいと思ったことは一度もないのは、私が柴犬派だからである。

どんな電信柱でも左右にボトルの様な突起物が刺さっている。点検をする時に使うんだろうなと見上げる度に思っていた。そこにホームセンターで買った紐を結び、己の首に巻き付けボルトからぶら下がれば瞬時に、息を引き取るだろう。でも、わざわざ最後に目立つ場所で死ぬとは、内気な人間が行動するとしては挑戦的な足掻きなのかもしれない。

歩道橋に限らずどこにでも隙間というものはある。そこに紐を通せる部分が何ヶ所かあり、結んで首に巻き付けて歩道橋の手摺りから「せーの!」で飛んだらすぐ息を引き取れるだろう。最後に目立つ場所でわざわざ死ぬとはかなり攻めた脚本。彼自身、案外目立ちたがりだったのかもしれない。

ピザ屋の看板にはちょっとした隙間がある。そこに紐を通し、ポールとしっかり固定し首に巻いて「ドーン!」と羽ばたけば、やはりすぐ息を引き取るかな。デリバリーなのに。

街中を歩く度にそんなことが出来る場所を探している。そういった場所は無数にあり、あとは本人の好みの問題と決断だ。それを想像するのと実際に行動するのとでは天と地の差があり、私自身行動することは多分ないと思っているが、想像を膨らませておくことで仮に実行に移そうとしている人がいたら少し止めたいと思うが、止める権利は私にない。


死にたい想像をする私はスーパーの見切り品のおにぎりを食べながらユーチューブを見ていた。鉄道が好きなのでそれ系のチャンネルを見たり、昔のPVを見たり、その辺にいる人と同じようなことをしている。この世界で神と崇めても良いと思っているのはユーチューブだと私は思っている。

発泡酒を一口に含む。酸っぱい気がするのは自分だけだろうか?ビールと比べると気になるが、如何せん金がないので仕方ないと諦め、テレビのリモコンで適当にチャンネルをザッピング。昔は「テレビっ子」なんて自分のことを言っていたが今ではほぼ見る事はなく、ユーチューブ依存だ。それ以外何をしているか思い出せない。

根本にあるのは暇で特にやりたいことがない37歳会社員が、首に紐を巻き付ける想像なんて溜め息をつくのと同じくらい自然。ちょっと前までは溜め息は嫌われていた。幸せが逃げる、見てるとこっちまでやる気失せるとか言われていたが、最近ではストレス解消に有効らしく積極的にした方が良いとのこと。ただし、人前ですると気分が失せるのは変わらないのでどうでも良い上司の前でするのはお勧めはしない。

死ねる場所を探しているのかもしれない。将来のために。貯金と同じ考え。将来、例えば車が欲しいから、家が欲しいから、老後が心配だからお金を貯める。それと同じく、いつでも実行できるように場所は色々ある方が良い。最後は派手に?地味に?どちらかを考えている。これだけ命を断つ人が多い国なのだから、そこら中で死に場所が被ってしまうのはつまんない。場所は違っても大体同じ様な死に方になるから余計につまらない。

これから十年、二十年、病気や事故に合わなければ今の延長戦が続いていくだけ。そう思うと早めにこっちの世界を切り上げ、あっちの世界で挑戦した方が良いのかな。

午前二時を過ぎていた。四時間後に起床して会社にいく。

強く目を閉じ眠った。


スマホの目覚ましは最大音量にしている。朝から不快でしかないが、これくらいやらないと起きないし、起きられないし、行かないし。意思がフワトロプリンの様に緩いのでいつでも自堕落クライシスになれる。

懲りずにいつもの通勤経路を歩いていると人だかりが目についた。朝の時間帯は比較的人通りは多いが、今日は少し様子が変かも。

サイレンは聞こえなかったが救急車とパトカーが隙間から見えた。

「殺人?事故?」

野次馬の隙間を縫いながら進んで行った先の道路の真ん中にある何かしらにブルーシートが被せられていた。形状からして人が横たわっていそうな、おそらくそうだろう。周囲の状況から事件性の感じがしない。

私の後ろにいた主婦らしき人達から「あそこの看板の隙間に紐結んで首吊ってたらしいわよ」

「あそこって、あそこの看板?あんな上で紐結ぶほうが大変じゃない、逆に?」

「ね。そこまでして死にたいって、よっぽどよね。苦労してまで死にたいなんて。生きる方に力が向かなかったのが、なんかもったいないよね」

「ねえ。死に方としてはよくあるかもしれないけど、死ぬ場所としては少し派手な気もするけどね」

その話を聞いた時に、自分と同じ想像を彼もしくは彼女もしていたのだろう。そうであればそれを止めることも出来たとは思わない。むしろ自分と同じ想像をしている人達がいたことに少し怒りを感じた。自分の想像が他の誰よりも優れていて、クリエイティブだと思っていた。急に苛立ちが芽生えたと同時に、とてつもなく自分がつまらない人間であることを実感した。

野次馬を後にして駅の北改札口を通り、混雑したエスカレーターに乗る。

ホームにはいつもより人が多い気がする。さっきの野次馬のせいかもしれない。いつも乗る通勤快速より時間が遅いだけあって混雑は必須だろう。

一番端のホームで電車を待つ間、さっきのことを思い返す。腹が立つ。自分が気に入っている場所で先に、それも黒じゃなく赤の他人に死なれる。出し抜かれた感と先にやったもん勝ちな気がして、ブルーシートの中でこっちに向かってベロを出されている気がした。だから、私はすぐに踵を返した。

会社はサボる。

昇ってきたエスカレーターを駆け下りる。

今は上りが混む時間帯で、下りエスカレーターはガラガラだった。

自動改札でエラーが出て出られなくなった。駅員がいる有人の方の改札に行き、忘れ物をしたからと説明し解放してもらった。面倒臭そうな顔をしながらスイカの処理をしている態度が気に入らなかったが、今はメロンどころではなく、さっきの場所に向かった。

十一月下旬だからだいぶ秋も深まってきていて、気温もそれほど高くない日で、汗もかかずに戻れた。

人だかりは既に無く、警官が二〜三人残っているくらいで、あれも片付けられていた。残ったチョークの輪郭を見ながらさっきまで横たわっていたそれを思い返し、上にある看板を見上げた。確かに良い感じの隙間がそこにあった。ある程度の太さの紐も通せそうだし、首に巻きつけて一点に体重を集中すればイクのは間違いない。普段からそういった場所をあれは探していたのだろうか。まさか初見で「ここだ!」と直感が響いたなら天才。自分なんて色々分析しながら巡り会ったのに。しかもこの場所は一番最初に見つけたある意味「お気に入り」の場所だったから余計に気分がマイナス。今後も目星を付けている場所で同じ様ことが起こらないとも限らない。お気に入りで勝手に死なれては迷惑。そういう場所はここを含めて4箇所持っていて、どこも自宅から遠くない。「そっか!」今日から見回りしようといつもの思いつきがまたやってきた。

時計を見ると「9時」を回ったところ。まだまだ平日の月曜の朝。「遅っ!」と、口から出てしまうほど時間はのろのろしていた。

ネクタイを緩め、駅近くのコーヒーショップで朝食と見回りの計画を立てる為に寄った。会社には体調不良で休みますと連絡をした。幸いうちの部署は電話でなくメールかラインワークスでの連絡が義務付けられていたので、自宅にいないことがバレない。ただ連絡するには少し遅すぎるかもしれないので、その辺の詫びを入れてラインをした。

「もう少し早く連絡をするように。お大事に」と定形文が返ってきた。

席を確保するためとりあえず鞄を一人がけのテーブルと椅子に置いた。駅周辺は主婦が多く時間帯によっては集団で席を占拠することが多いので席の確保は必須だ。

「ホットサンドとブレンドコーヒー」

「ご一緒にポテトはいかがですか?」

「いえ大丈夫です。朝からはちょっと」

「フフフ。ですよね。かしこまりました」

 なぜか少しからかわれて番号ホルダーを持って席についた。

スマホのグーグルマップを開く。お気に入りの場所に「ピン」を立てて管理出来る便利な世の中。グーグルもこんなことのために無駄に衛星通信している筈ではないのに。GPSというのはアメリカの商標らしく、各国それぞれ衛星通信の名前があり、日本は「みちびき」という名前で、何となくパッとしないのは私だけだろうか。

今日の現場は自宅から一番近い場所だった。保存してあるピンをクリックし「メモ」を作成。「X」

(ここから◀️11/22)

残り三箇所のピンを確認する。一つは電信柱、一つはピザ屋の看板、一つは歩道橋。

地図を見ると四点は正方形の各々の頂点に偶然なっている。自宅があるピンはそれぞれの頂点に対して対角線を引いた丁度真ん中の重心ぽい。無意識にそうなったのなら美しく天才かも。

さて、他の三箇所をどのように守ったら良いのだろうか。自分の予想では昼間は首に紐は巻かないだろと。人が多いし何より明るい時間帯に死ぬのは美しくない。真夜中、例えば月明かりが灯る夜、街路灯が微かにある様な空間が美しいし、そういった場所でそれ相応のことを行うのだから配慮は欲しい。監視カメラにハッキングでも出来たら楽に監視出来るが技術がない。映画なら近くに停車してある車を乗っ取って、ドラレコのカメラで確認出来たりするのだが、アナログな方法で

出来ないものか。

例えば、その周囲に住む人と仲良くなり見張って欲しいと仕事を依頼する。仕事なので報酬が発生する。そしていつかその報酬で揉めたりして情報が漏れて警察に聴取を受けそうな気もしないでもない。情報を持つ人が増えるだけ漏洩のリスクが高まる。

さて、どうするか。

とりあえず今日は夜中に一通り自転車で見回ってみるか。深夜に徘徊するなんて間違いなく職質に遭うリスクがあり、その時の理由をツラツラ述べたら尚更、一晩豚箱に入れられる。まずは徒歩で行ってみるか。

深夜一時を過ぎた頃、私はそれらの場所に向かうために支度をして玄関を出た。冷え切った空気が頬を引っ掻く。

「何してんだかな」と呟きながら施錠をしていると近くで救急車?の音がした気がした。

「まさか」と、駆け足で外階段を降りていく。三階だとエレベーターがない所も多く一段抜かしで降りるには足元が危なっかしい。

表に出て最初に行く筈だったピザ屋の看板へ向かった。そっちの方から音がしたような気がしたし、その方角から何か感じられる。

歩けば十分、走れば七分くらいの距離感。十人くらいそこに屯している。息が荒いのがバレないように近づいていく。

「どうかしたんですか?」とわざとらしく。

「そこで首吊ったんだってよ」

スウェットきた兄ちゃんがピザ屋の看板の方を指差した。

「あっ!」

思ったより声が大きかったらしく「兄ちゃん知り合い?」と聞かれ「いや。ただこんなの見たことなかったので、現実で。思わず」

「だよな。見ないほうがいいって。俺、ちょっと頭に残りそうだから部屋戻るわ。兄ちゃんも変なもん残らないうちに帰ったほうがいいよ」と私の肩に手をトントンとやりながら人だかりから居なくなった。

「なんなんだよ一体!」と声にならない声で、「ったく、ふざけやがって」と微かに声に出てしまったのは自分でも気がついた。


目が覚める。テレビを付けるとニュースで深夜に起きた出来事を伝えていた。幸いにも土曜も日曜も仕事は休み。今度は負けないと意気込む。

気合を入れて二日間行ったり来たりしながら見張りをしていたが、何も起きなかった。

月曜からそのことが気になりながらも出社した。自分の自宅周辺で相次いであんなことが起きていることが社内でも噂になっており、「気をつけてね」とどういう意味での掛け声か分からないが、そんな感じだった。

毎日欠かさず残り二箇所を確認しに行っているが、何も起きなかった。起きて欲しいとは思わないが、何もないとリズムが狂う。

それからも日課にしようと心では思いながら、段々とやらない日が出てきた。継続が苦手な性格が露呈し、最終的には行かなくても良いのではと思ってきた。

飽きたのだ。むしろ新しい場所を探す方が良いのではと思っていた時、

「今日、3号線と欅通が交わる交差点にかかる歩道橋で、男性が首を吊っているのが発見されました。調べによりますと男性は、歩道橋の隙間に紐を結び自分の首にも紐を巻き付けそのまま飛び降りたのではないかとのことです。即死でした。警察は念の為に事件・事故両面から調べているとのことです。現場は、日中は交通量が多いものの、深夜は殆ど車は通らず目撃者もいないとの事です。さて、次はお天気コーナーです。はなちゃん、今日は結構風が強かったけど...」

「そこまでやるなら、やってやろうじゃん。もうあの場所しか残っていないからやってやろうじゃん」と、テレビに舌打ちをした。

最後の電信柱。代わり映えしない、その辺にある普通の電信柱。ただ、他と違うのは論理的には説明出来ないが感覚的に惹かれる。また、電信柱の上から見える景色というか光景というか情景というか、それが良いんだよねと。もちろん自分も一応上まで登ったことはあるし、どんな感じかを知った上でここをリストに挙げている。ここで自決を考えている奴もその辺の下調べはしているだろうし、していて欲しい。だから最後は、お前らじゃなく自分がその場所で有終の美を飾るのがふさわしいとはずっと思っている。

邪魔はさせない。

仕事をはしばらく「体調不良」と言って休みをもらうことにした。

昼間は実行しないと踏んでいるので夕方から深夜を中心に見回りをした。仮に昼間実行した場合、それは自分の勝ちだと考えている。夜十時〜朝五時までを美しい時間帯と考えているので、その時間帯に起こる前になんとかしないといけない偽の正義感。

一ヶ月経っても二ヶ月経っても何もない。

年が明けて三月を迎えようとしていた。

体調不良を理由に休みをもらっていたが、今は休職に切り替えた。会社には精神的におかしいということで診断書を提出した。

さて、決着を付けなければいけない。私も相手方もとにかく最後の陣取り合戦。ここで負けるわけにはいかない。

二十四時間そのことだけ考えられる時間も気力もある。

さて、最後の戦いと行こうかな。

三月最後の日。

年末と同じくらい、自分にとっては一年の終わりを感じれる日だと思っている。「年」で考えるか「年度」考えるかの違いだが、社会の中で生活していると年度を意識することの方が多い。だから何となく後者の方がしっくりくる事もある。例えば、学生の頃だと離任式がこの日に行われていた。お気に入りの先生、お世話になった先生と最後のあの感じがたまらなく好きだった。

なんとなくだが、今日相手は動いてきそうな気がする。自分と似たような思考の持ち主であれば動くかも。申し訳ないが総合的には自分の方が優れている自負があるのでケリをつけたい。

夕方から少し雨が降る予報だったが思いのほか気温が低く小雪が降り始めてきた。夜が深まるにつれ強さも増してくる予報もあり、防寒対策だけはしっかり準備をしておこう。

二十三時を過ぎた。そろそろ出掛けるためにダウンを着て上からリュックを背負った。ニット帽も被り靴の中には靴底に貼るホッカイロを貼る。

玄関を開けた。雪が降っていた。この地域でこれだけなら朝のニュースになると思いながら玄関を閉めた。

階段に少しだけ積もってきた雪を踏みしめる。今日は雪なので「面倒臭いな」と思ったが、今日で決着をつければ良いかと階段を降りていく。自転車痕が残っても嫌なので歩いて行くことにした。まあ、どっちにしても変わらないとは思うが、ことが終わった後に自転車で帰ってくる光景が美しくないと、チラッと脳裏をかすめた。

「良い時間だな」

深夜の雪が降る時間はお洒落だ。こんな時間に歩いている奴は誰一人いなかった。

街灯の明かりが眩しい。

暗闇を歩いていく。徐々に気持ちが昂っていくのがハッキリと分かった。

体が火照り額から汗が出る。ハンドタオルで汗を拭きダウンのポケットにしまう。その中にあるナイフに手が当たる。普段は、ひんやりしているのに今は十分に体温で温まっており、切れ味としては問題なさそうだ。


十分は歩いただろうか。例の場所に辿り着こうとした時、人影が見えた気がした。何か紐の様なもので何かしている。おそらくその相手だろと思うが。

ダウンの内ポケットにしまってあったナイフを取り出し外側のポケットにしまい直す。

ゆっくり焦らず近づいてく。雪が強くなってきており、降り積もってきた雪を踏み締める音が大きく私は感じていた。念の為ポケットのナイフを握り近づいていく。

 電信柱は暗い中でも存在感がある。暗闇にそびえ立つ鉄塔と同じくらい威圧感がある。

「ふう」

 一呼吸する。深く四秒息を吸い、七秒かけて吐き出す。これが落ち着くリズムらしい。

「さてと、行こうかな」

早歩きを経てダッシュでそいつの元に向かいナイフを取り出す。

数秒後、白い雪上に赤いストロベリースプラッシュが舞っていた。まるで、水道管が破裂してマンホールを吹き飛ばす勢いの様にそれが舞っていた。

雪は強さを増し降り積もっていく。そして、次のオーダーもまたイチゴかき氷だったのか、新たに積もった雪の上にスプラッシュストロベリーが舞った。

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テリトリー 久芝 @hide5812

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