第7話 24時間の追放
ファンクラブ2桁台の古参ファンたちは、リセの曲に聴き入っていた。涙を流している人も多い。今回のセットリストは、あの日のオリオン街と全く同じ5曲で構成している。その5曲のどれかに心を貫かれた人も多いのだろう。
リセの歌は人の心に寄り添ってくれる、だから僕も、彼らも本気で彼女に惚れたんだ。
「みんな、今日は来てくれてありがとう」
その5曲を歌い終えた後、リセは静かに語る。
「皆もうわかってると思うけど、今日のライブはあの日の再現。懐かしかった人もいるんじゃないかな?」
拍手と歓声と口笛が、リセの問いかけに対する回答として乱舞した。コール&レスポンスの形は仮想世界の中でもあまり変わらない。
「でも、私たちはもうあの頃の私たちじゃない! これだけじゃ物足りないよね! もう1曲、いきます!」
そう言うと歓声はさらに大きくなった。
新曲のイントロが鳴り出す。同時に、リセの衣装が光の粒につつまれ姿を変えていく。ステージがせり上がり、同じく光の粒子が巻き上がって場の空気を加速度的に高揚させていく。
リセお得意のアドリブでの衣装チェンジ、そしてそれに合わせたステージ演出の変化。
衣装は誰がデザイン画を起こしたわけでもない。ステージも同様だ。リセが頭の中だけで生み出し、それを僕のAIが正確に具現化させる。僕たち二人だけがなせる技。僕たちはこれで世界一の歌姫の座を獲った。
今日のライブは参加者こそ少ないけど、テンションは最高に高まっている。さあいけリセ! 今のキミのすべてを初期ファンたちに伝えて……
「え?」
突然、音が消えた。一拍遅れて、観客たちの歓声もどよめきに変わる。派手な演出とともに再構築されつつあったステージは動きを止め、リセの衣装も輝きを失う。
何が起きた?
そして、リセ本人はばたりと、ステージの上に突っ伏す。
「リセ!」
僕は慌ててステージに向かって跳躍した。リセの倒れている地点まで15メートル。この世界なら軽くひと跳びでたどり着ける距離。
……のはずだが、着地前に僕はなにかに弾かれるようにして、地面へと落とされてしまった。
「緊急トラブル発生のため、一時的に皆さんの行動力を制限させていただきます」
リセの周囲の数人の人影が、突如現れた。現実世界の警察の制服をもしたような、青と白のユニフォーム。ReMageのセキュリティチームだ。
「どういうことですかこれは!」
仮想世界の警察官に向かって、僕は問いかける。
「詳細はお応えできません。ただ、雨夜星リセさんの身柄は一時的に確保させていただきます」
「ふざけるな、ライブ中だぞ!」
僕は再び跳躍した。が、さっきと同じ衝撃を受ける。セキュリティチームの一人が、僕に向かって銃のようなものを向けていた。暴れるユーザーの行動を一時的の阻害するスタン銃だ。
「抵抗するのなら仕方ありません。テオさん、あなたに24時間のアクセス禁止措置を取らせていただきます」
次の瞬間、墨の周囲の世界がすべて暗黒へと変わり、現実世界に戻るときのあの感覚が背筋を上ってきた。待て、待ってくれ! そう叫ぼうとしたけど言葉が出ない。何が起きてるんだ? ライブはどうなる? リセは……アイツは無事なのか!?
「うわあああああ!」
気がつくと大声で叫んでいた。脳波がReMage住人のテオにそうさせているのじゃない。
寺島興人が、喉の筋肉を絞り、声帯を震わせて叫んでいた。強制ログオフ。ヘッドギアを外すと、側面に付いているランプが赤く点滅していた。
この状態の時は、仮想空間にアクセスすることが出来ない。24時間のアクセス禁止。こんなときに随分と重い実刑だった。
何でそこまでされないといけない? 何が起きているんだ。突然のリセの不調、それと同時に現れたセキュリティチーム。僕たちは見張られていた? そんなバカな。何で……?
一人で考えて、解答に到達できるとは思えない問いを頭の中で回転させていると、不意にドアチャイムの電子音が鳴り響いた。
「今度は何だよ……」
食事の配達でも通販のお届けでもない。そしてそれ以外の用事でこの部屋を訪れる人なんているはずがない。僕は恐る恐る玄関へ行き、ドアの覗き窓に片目をくっつけた。
「あいつは……」
僕は息を飲み込んだ。直径1センチ程度の円形のガラスから見える外の世界には一人の男が立っている。
あの男だ。この前コンビニで僕に声をかけてきたスーツ男。何でアイツがここに? あの時、後をつけられていたのか?
男はなおもドアチャイムを鳴らしている。どうするか?
このまま居留守を決め込んでいても帰ってくれるとは思えない。古いアパートだし、部屋の中で僕が出した物音も気づかれてるかもしれない。
そして、何よりもこのタイミングだ。リセが突如倒れ、ReMageのセキュリティチームによって強制的にログアウトさせられたのとほぼ同時に、訪問してきた男。無関係とは思えない。
「イチかバチか……」
二つの世界で起きている不可解な状況。それを打破するために、僕は意を決してドアを開いた。
「テオさん。いえ寺島興人さん、ですね?」
「……」
僕は無言でうなずいた。
「先日は不躾に声をおかけし、大変失礼しました」
スーツの男は意外にも申し訳なさそうな顔をして、僕に頭を下げた。そして、信じがたいことを言った。
「私は、
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