愛しい人へ、花束を

私は、メビウスだった。

その告白に、R4-Bは静かに微笑む。

「メビウス様、出会えて光栄だよ」

ロートヴァルも優しく微笑む。

「私もだ、アル、小さな子よ」

R4-Bは柔らかな表情のまま、続ける。

「お話って、これで終わりじゃないんでしょう?」

ロートヴァル…メビウスは苦笑する。

「やはり聡いな、お前は」

彼女はR4-Bをまっすぐに見つめる。

「アル、ここで、この花畑で、最後の思い出をつくろう」

「最後の…?」

「そうだ、アル、これで最後だ」


メビウスは語りだす。すべてを。


ああ…アル、優しい子。聞いておくれ。私は確かに世界を創った。寂しかったんだ。大いなる闇の中に、自分しかいなかったからな。しかし、少しして気づいた。大いなる闇は温かいことに。それは、ゼロだった。ゼロは始めから、ずっとそばにいたんだ。私は世界を創り、生き物たちを生み出したが、彼らはゼロを恐れた。当然だ。私と違って、私の光に照らされていない彼らは、いつか死んでしまうのだから。ゼロの手によって魂は抱かれ、その火によって彼らは導かれる。そう説いても、彼らの恐怖は拭えなかった。それもそうだ。私は死なないのだから。死なない者に何を言われても、彼らには響かない。運命の日は、天使たちを生み出してしばらくしたときだ。天使たちは私の強い光に耐性を持つ生き物だったが、ゼロの死の力には耐性が無かった。縦横無尽に飛びまわる天使たちは、すぐにゼロを見つけた。そして怒り出した。私はできる限りの力で天使たちを照らして、死の力から遠ざけることを約束したが、彼らの怒りはおさまらなかった。彼らは、死を、ゼロを打ち倒せと言ってきたんだ。そんなこと、できるはずがない。愛しい者を殺すなど。私は、老いて、老いて、老いて、それでも死なないなど、最悪の恐怖でしかないだろうと彼らに説いたが、彼らを止めることはもうできなかった。遅かったんだ、何もかも。運命の日はやって来た。戦争はおきた。私はただ、悲しくて泣くだけだった。何故自分が生み出した可愛い天使たちと、殺し合うことになったのか、わからなかった。ただ悲しかった。私は泣いた。しかし、天使たちは容赦が無かった。私は剣で傷つけられた。私の肉体は剣に貫かれた。…鋭い痛み。今でも覚えているよ。そして、それを見たゼロは…怒り狂った。己の中の持てる限りの力をもって、彼は世界を焼いた。神の世界も、生き物たちの世界も。逃げ出し、散らばった悪の天使たちを皆殺しにするために。私は必死で止めた。やめてくれ、もうやめてくれ、と。しかし、止められなかった。世界は火の嵐に包まれ、燃え尽き、そのほとんどが灰となった。傷ついていた私はゼロに運ばれ、かろうじて燃え残った黒い森の神殿に寝かされたが…ゼロはそこで力尽きた。彼は祭壇の前でばったりと倒れ、彼の魂は使い物にならなくなった肉体からするりと抜け出てしまった。私は泣いた。ゼロが、愛しい者がこんなにもズタズタにされるなど、許せなかった。私は堕ちた天使たちを、悪魔たちを憎んだ。憎んでしまった。いつしか私の魂は空っぽになったゼロの肉体に入り込み、私自身の肉体は朽ちて無くなっていった。私はよほど、愛しい者の肉体を朽ちさせたくなかったのだろうな。まさかこんなことが起こるとは。霊魂が別の肉体…ゼロの肉体に入り込むときのそのショックで、私はあらゆる記憶を一度、失った。そしてすべてが始まったんだ。すべてが…お前との時間が。ああ、そうだ、呪いをかけたんだ。悪魔たちに。あの呪いをかけたのは私だった。ゼロではない。ゼロは、もとの闇の姿になったゼロは、遠くへ行った。もう、自分の存在によって戦争が起きないように。彼は巧妙に姿を隠した。私にはわかる。しかし、死の力だけは隠せなかった。生き物はいつか、必ず死ぬ。それは何をどうやっても変えられない、永遠の真理なんだ。…私は、この肉体をゼロに届ける。遠くへ行ったゼロのもとへ。今もひとりぼっちでいる彼のもとへ。私は…私は遠くへ行く。


R4-Bは静かに、ただ静かに耳を傾ける。

悪魔たちに呪いをかけたのは、ずっと一緒にいたロートヴァルだった…R4-Bは複雑な気持ちになる。複雑な気持ち。しかしそこに怒りは無い。

メビウスは柔らかく微笑む。

「私の呪いのせいで…辛かったろう」

彼女は、すっと右手をR4-Bの顔の前に出す。

「ほら、解くぞ」

ぱちん。彼女は指を鳴らす。

「やめて…」

R4-Bは泣きそうになる。

「呪ってよ…ロートヴァルになら、呪われてもいいんだよ、僕は…」

ぽろりと、おさえられなかった涙がひとつぶ、こぼれ落ちる。何カラットものダイヤモンド。何よりも素敵な、儚いダイヤモンド。それは落ちて、消える。メビウスはただ、優しく、悲しそうに微笑むだけだった。


花束をつくろう。R4-Bは提案する。ジェイドも呼ぼう。皆で一緒につくろう。愛する人へ届けるための、花束を。

しばらくして、ジェイドが、心優しいゴーレムが、漆黒の翼を羽ばたかせて呼びに行ったR4-Bとともに、山を下ってやってくる。

三人は花を摘む。赤い、赤い花。

ロートヴァルはジェイドに、そっと語りかける。礼を、礼を言っていなかったな。ずっと我々を、神殿を守ってくれていたのに。いえ、礼にはおよびません。為すべきことを為したまででございます。いや、そういうわけにはいかない…R4-Bはその光景を見て、ふふ、と微笑む。仲良しの僕たち。

それから三人は、黙々と花を摘む。

赤い、赤い花。


やがてロートヴァルの両手いっぱいの花束ができあがると、三人は手を繋いで山の町の宿屋へと戻っていく。甘く、それでいて爽やかな匂い。不思議な匂い。まるで、まったく別の世界へ、おいでおいでと誘われているような。R4-Bはギュッとロートヴァルの手を、ジェイドの手を握る。

さあ、帰ろう、帰ろう。


薄暗い空から、ぱらぱらと雨が降り出す。雨のしずくは葉に当たり、岩に当たり、軽やかな音楽を奏でる。黒く湿った土からは、新たな生命が芽吹こうとしている。

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