虹のかかる世界へ、心をこめて
虹色のナイフ
黄昏
彼は花を摘むと立ち上がる。膝についた土がぽろぽろと地に落ちる。赤い、赤い花。空と同じ色をしている。烏が何羽か、ひらひらと空を舞う。彼はすっかり立ち上がると、摘んだ幾輪かの花を抱いて、後ろにいる大男のもとへ走っていく。そして大男に向かって、ぐいと花を差し出す。大男は生まれて初めて花を見るような表情をする。その目は、ぽっかりとした穴のように虚ろだった。空が表情を変えていく。
「じゃ、行こう」
彼は大男と手をつなぐ。彼の手を優しく掴む大男の手は、驚くほど大きく、真っ黒だった。五つの、けずり出した黒曜石のように鋭い爪。少年は片手で大男の手をしっかりと握り、もう片方の手で摘んだ花をそっと抱きかかえる。花の甘く、それでいて爽やかな匂いが満ちる。
「お花、触ってみる?」
優しく微笑みながら、彼は尋ねる。大男は彼の方を向き、可憐な赤い花たちをじっと見つめる。そっと手を伸ばし、しかしすぐに何かを諦めたような顔をして、ゆっくりと手を引っ込める。
「…いや、いい」
大男は低い声で、端的に返事をする。その虚ろな目。少年には、そこに大男の強面に似合わぬ恐怖さえも滲んでいるように見えた。
「せっかく摘んだんだから、触ってみればいいのに」
大男はこたえない。
ゆっくりと歩き出す。
黒い空。インクをぼたぼたと垂らしたような闇の中に、二人が消えていく。
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