第18話 魔導士クリスティアン
皇立図書館の「歴史」の部門。
そこは「世界史」と「帝国史」、そして歴史に名を残した人物の「伝記」、さらに過去の人間が書き残した「日記」「随筆」「戦記」などに分けられ、書物が所蔵されている
魔導士クリスティアン・アベールは数日前に
友人は護衛の仕事を引き受け、彼の方はというと毎日図書館に通い「戦記」部門でアマリエの戦いの記録を調べていた。
先ほど入口の方で何やらざわついていたがすぐおさまったので、クリスティアンは再び読書に集中することにした。
アマリエの戦い。
帝国が周辺諸国に攻め入り併合していった『帝国統一戦争』の最後の激戦。
アマリエは現在帝国の北西部に位置する州だが、元は同名の独立国であった。
その戦いでは、サタージュ神を信仰するエルシアンの神殿側の聖なる力と、その宗教が
しかしその勃発から終結までの経緯のほとんどが謎に包まれている。
「アマリエにて魔導士たちが地元住民や神殿関係者を虐げ、彼らを救済するために帝国軍と神殿勢力が出兵し、その地の王族と魔導士を討ち果たし生き残りを処刑し戦いは終結する。その後、アマリエは帝国の一部となった」
この神殿の公式発表を帝国が支持し現在に至っているのがアマリエ戦役である。
他国ではこの「公式発表」を素直に信じているわけではない。
そもそも「統一戦争」という名目自体、周辺国の目線からすれば「侵略戦争」なのだ。しかし、国力の大きさによって、帝国エルシアンの認識を押し通しているのが現在の大陸の国際状況である。
クリスティアン自身はそういった国同士の認識の違いなどには頓着していない。
魔力と聖力がぶつかった戦いがどんな様相だったか?
どんな魔法技術が使われたのか?
純粋にそれらの疑問を解くために、当時その戦いに従軍した者たちが書き残した記録、一兵卒から将校クラスまでいろいろあるので、連日それら日誌が収蔵されている図書館に通いつめているのであった。
友人のロージェたちが入り口にいたのも知る由もなく、その日も閉館まで読書に終始した。そしてその翌日も開館してすぐにアマリエ戦の資料が並んでいる棚の近くを陣取って読書を始めた。
「やあ、また一緒ですね」
赤毛の少年が読書中のクリスティアンに声をかけた。
体格からして十三歳くらいに見える。
「こんにちは、君こそ若いのに熱心だな。君くらいだと帝国史全般を学び始めた頃じゃないのか。アマリエ戦のどこに魅力を感じるんだい?」
クリスティアンがあいさつとともに尋ねた。
「どこって一口には言い表せませんね。それよりあなたは僕を十代の少年と思い込んでいるでしょう。見た目がこれですから無理もないけど、これでも僕は君よりははるかに年上なんですよ」
「……?」
クリスティアンはまじまじと彼の顔を見つめた。
とてつもなく深い沼のような瞳でクリスティアンを見返す少年、いや少年の姿をした男はいたずらっぽく笑った。
「信じても信じられなくてもかまいません。会話を繰り返せば知識や経験に伴う知恵と見た目の年齢との隔たりを奇異に思う人が出て来るので、前もってお知らせしているだけですから」
クリスティアンは考えた。
姿かたちを実年齢よりも若く見せる魔法が存在しないわけではない。
しかし、それは寿命など何らかの形で術師が対価を支払わなければならないもので、秘術のうちに入れられている。
「自身の魔法の特質を考えると小さい体の方が何かと便利でね。まあ、その『特質』とは、魔導士それぞれが持っている先天的、あるいは後天的に兼ね備えた資質のようなものと解釈してかまわないよ」
クリスティアンは考えるのをやめた。
魔法に対する研究は、魔道研究塔、略して「魔塔」が建てられて数百年以上がたった今でもわかってないことが多い。想像もしえなかったような特異な資質を持った魔導士が存在しても不思議はないのである。
「その『特質』のようなものをお話し願えますか?」
ダメもとでクリスティアンは聞いてみた。
「それは自分の手の内を全てさらけ出すようなものだからちょっと無理だね。そもそもこんなことを話すのすらめったにない事さ。君が百年以上たった『過去の出来事』であるアマリエ戦記を熱心に調べているのを見てついうれしくなってしまってね」
深い沼に少しだけ日が差したような眼差しで少年の姿をした男は微笑んだ。
「僕の名はネクトル・アンブローズ。君は?」
「クリスティアン・アベール。一昨年に魔専を卒業しましたが、研究生として残り魔塔入りを目指す者です」
魔専。
正式名称は『魔導士要請専門学校』。
都市国家オルムが「魔法都市」と呼ばれているのは、魔導士たちが魔法の研究を深める『魔道研究塔』が存在するからである。
魔専はその前段階の魔導士の素質のある青少年たちが、魔法を使う職業で身を立てられるようになるための養成機関であり、魔力を有すると試験官に認められた14歳以上の者なら国籍や性別にかかわらず誰でも入学を許可される。
そしてその魔専を卒業した者だけが『魔導士』を名乗ることができ、研究を希望する卒業生の一部は教授の手伝いをしながら、正式に「魔塔」の構成員となることを目指すのである。
「ときどき研究馬鹿と言われます」
クリスティアンは頭をかきながら言った。
クリスティアンの言葉にネクタルも笑った。
それから二人は今まで読んだ資料の中でより興味深い個所など意見を交換していたが、ふいにクリスティアンは違う部門から聞こえる、聞き覚えのある声に気づいた。
「すいません、ちょっと失礼します。確かめたいことがあって戻ってこないかもしれませんので、気にせず読書を続けてください」
そうネクタルに断るとクリスティアンは気になる声が聞こえるほうに歩いて行った。
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