最初のダンジョンから出られません

鈴木土日

前編

 エイラは、冒険者になるつもりなどなかった。


 生ま育った村から、はるばるこのクアンダの町へやってきたのは、本屋で働くためである。

 子供のころから、読書好きだったエイラは、本屋さんになるのが夢だった。


 が、町に到着してみると、村長の紹介で雇ってもらえるはずの書店が、なくなっていた。


「す、すまなんだぁ」


 本屋のご主人は、エイラに頭を下げて、詫びた。


 数日前、店が火事に遭い、全焼してしまったという。ほとんどの本が焼けてしまい、もう店をつづけてはいけないらしい。


 エイラは、書店の二階を住居として間借りするはずだった。仕事も、住む場所も、いっぺんに失ってしまった。


 主人は、お詫びとして、焼け残った本を何冊かくれた。

 それ以外は、ほぼ無一文。

 村に帰るにしても旅費はなく、今晩の宿代すらない。


 書物を売るというのは、エイラにとって罪悪感を伴う行為だ。けど、背に腹は代えられない。もらった本は、ぜんぶ、質屋で売り払った。


 それなりの額にはなったものの、すぐに食費と宿代で消えてしまう。


 か、稼がなきゃ。


 エイラが向かったのは、【冒険者ギルド】だった。

 手っ取り早くお金銭を稼ぐ術を、他に思いつかなかったのだ。

 登録は、あっという間に済んだ。


 一応、剣術の基礎は、村の学校で教わったが、実戦経験はない。


 ふえん。右も左もわからないよぉ。エイラは、途方に暮れそうになる。


 受付のお姉さんは、やさしそうな雰囲気の人だったので、藁にもすがる思いで、相談してみた。快く、彼女は、エイラの話をきいてくれた。


「おすすめの依頼があるわ」


 紹介してもらったのが、町の東にある洞窟での、きのこ採取。

 そこは通称、【初心者ルーキーダンジョン】と呼ばれているらしい。

 内部構造は簡素で、虚弱なモンスターしか出現しない。


 本を売った代金で、装備一式をそろえ、さっそく出かけた。


 洞窟までは、町から歩いていける距離。

 魔物の生息するダンジョンなんて、入るのは初めてだ。


 よし。がんばるぞ。おー。


 エイラは拳を握りしめ気合いを入れ、洞窟内に足を踏み入れる。


 うえーん。薄暗いよぉ。それにじめじめしている。

 魔導灯を点け、辺りを照らす。夜でも読書できるように、実家から持ってきたものだが、まさか、こんな形で使用するとは。


「冒険者の方ですか?」


 突然、背後から声を掛けられた。

 びくっとしてふり向くと、男性が佇んでいた。二十代後半くらいの見た目。

 顔立ちは、美形といえるだろう。腰には短剣が納まっていそうな鞘をぶら下げている。


「は、はい」


「まだ、初心者みたいだね」


「はじめたばかりで」


「よかったら、ご一緒するけど」


 うぅ、どうしよ。

 エイラは、人見知りするタイプなのだ。ひとりの方が気楽でいいんだけど。

 けど、ムゲに断るのも悪いよなぁ。


「ぼくも、奥まで行くので」


「はあ」


 とりあえず、エイラは、彼と共に洞窟の奥を目指す事にした。


「ぼくは、バイス。キミは?」


「エイラです」


 暗い通路を進んでいたら、突然、岩陰から、小さな影が飛び出してきた。

 スライムだ。バイスは、武器を構えようとしない。

 エイラに戦わせるつもりのようだ。仕方なく、鞘から剣を抜く。


 魔物と戦うのなんて、村での教練以来。

 ふぅ。スライム一匹倒すのに、結構、時間を要してしまう。


 その後も、スライムや、鼠の魔獣に遭遇したが、バイスが難なく仕留めた。


 十五分ほどで、洞窟の最深部である広めの洞にたどり着いた。

 うわあ。

 聞いていた通り、地面や壁から、きのこが大量に生えている。


 さっそく、エイラは、それらを摘み取りはじめる。

 ただ、バイスは、その場に立ったままでいる。


「摘まないんですか?」


「ぼくは、きのこ採取が目的じゃないんでね」


「え、じゃあ、ナニしに?」


「別の物を摘み取りにきたんだ」


 バイスの顔に、薄い笑みが浮かんだ。

 この洞窟に、きのこ以外の採取物なんて、なさそうだけど。


「ここは入口がひとつだけ。外へ出るには、来た道を戻るしかない」


「はあ」


 エイラは、なぜ、そんな当たり前の事を態々言うのか、いぶかしく思った。

 徐に、バイスは、腰の鞘からダガーを抜き、ニヤリとしてみせる。

 え、な、何?


「入口で、待っているから」


 バイスは、何やら詠唱すると、煙のように消えた。

 転移魔法を使ったのだろう。

 ナンなのよぉ。ワケ、わからない。

 とりあえず、エイラは、きのこを詰め込んだ袋を抱え、来た道を引き返す。


 入口まで来ると、言った通り、バイスが待ち構えていた。

 バイスは、ニヤッと笑うと、腰を落とし、ダガーを構える。

 一瞬にして間を詰められ、ダガーで右肩を切られる。

 痛あっ!

 エイラには、とても避けられない動きだった。

 さらに、脚の健を切られたらしく、立っていられず、尻もちをついてしまう。


 バイスは、嗜虐性を匂わす笑みを浮かべ、エイラを見下ろす。


 ま、まずい。こいつ、ふつうじゃあ、ない。

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