アイ・ガン

大石 陽太

覗く・ガン

 塚本瑛太がソレを目にしたのはまったくの偶然だった。

 目の前の女子生徒が紙袋から落としたそれは、見間違えようのない――拳銃そのもので、女子高生が持つにはあまりにも物騒なソレだった。

 固まる瑛太など見えていないかのようにソレを紙袋に戻すと、女子生徒は何事もなかったかのように隣を通り過ぎていった。

 数秒の後、首を忙しくして周りを確認するが、どうやら見たのは自分だけのようだと理解する。

 あまり深く考えないでおこう。

 瑛太の頭は自分の方針をすぐに決めた。きっとモデルガンだ。遊びだ。オモチャだ。水鉄砲だ。ダンボールだ、と。

 深く考えるのはやめて歩き出した瑛太が角を曲がると



 ――さっきの女子生徒が拳銃を構えて立っていた。



「ばん」

 男としてのプライドなど捨てて、その場にうずくまり、怯えた草食動物のように震える。

 しかし、瑛太が耳にしたのは発砲音ではなく、甲高い笑い声だった。

 何が起こったのか理解できない瑛太が恐る恐る声の方を確認すると、さっきの女子生徒が腹を抱えて笑っていた。

「ビビりすぎ、本物なわけないじゃん」

 目に涙まで浮かべて笑う少女に瑛太は立ち上がってホコリを払う。

「ビビってなんかいないよ、試したんだ君を。演劇部だろ」

 変わったものを持っている人間はだいたい

 演劇部だ。瑛太は自信満々にそう語った。

 演劇部はおかしなものばかり持ち歩いていて、そのたびに次の演目が予想されるのだが、毎回斜め上のものが披露されるのだった。

「なんでわかったの! そうそう、わたし演劇部なんだー。次の舞台で使うの」

 余裕を見せていた瑛太だが、内心はひどく安堵していた。

 そうとわかれば互いに用はなく、すぐに別れた。別れ際、日織ひおりと名乗った少女だったが、瑛太は三日も経たないうちに日織のことを忘れてしまった。

 日織のことを思い出したのは一ヶ月後の演劇部の舞台を見た時だった。

 舞台には日織も出ておらず、拳銃なんて少しも出てこなかった。

 ひどい寒気が瑛太を襲った。

 拳銃なんて全く出てこない。終始、平和な話だった。終幕の挨拶で演劇部が揃っていた時、血眼になって探したが、日織の姿は見当たらなかった。

 嫌な汗が背中を伝う。いや、まて。もしかしたら日織は学校を休んでいるだけかも。拳銃も途中で演目が変わったとかで使わなくなったとか。

 でも、あれが嘘なら……。

 瑛太の頭の中に赤い映像が流れる。

「忘れよう……そっと」

 あれ以来会っていないのだからこれまで通りにすればいい。向こうもわざわざこちらに接触して無用なリスクは負わないはずだ。

 無理やり思い込み、拳銃のことを忘れようとする。一度忘れたことだ、二度目も簡単だと必死で思い込む。

 瑛太は臆病だった。

 演劇が終わり体育館から帰る人混みの中、瑛太の心臓は口の中から勢いよく飛び出した。

「振り返るな。そのまま聞け」

 何者かが背後から瑛太に言った。囁くような声で、ギリギリ瑛太にしか聞こえていない。

 このタイミングに加えて、さらに瑛太を緊張させているのが腰に当たっている『何か』だ。

 それはまるで拳銃のような……。

「放課後、体育館裏に来い……来なければ」

 そこで背後から気配が消えた。周りを見てもそれらしい生徒は、日織は見つけられなかった。

「今日、歯医者行かないといけないのに…」

 逃げる勇気は瑛太にはなかった。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る