第12話 聖女様のお手伝いです

「お兄様だけがお姉様を独り占めなんてひどい! 私のお仕事にも付き合って下さいっ!」


 ディアナの可愛いわがままに付き合わされ、今日のリュシエンヌは王都近郊の村にいる。聖女ディアナが平民に治癒の奇蹟を顕して、教会への信仰を高めるイベントだ。


 病気持ちやケガ人がわれ先に押し寄せたらとても治しきれないので、いつもは教会側で事前調整して、奇蹟を授ける者を十人くらいに絞っている。だが今回は、違うのだ。


「力尽きるまでやりますので、人数無制限で行きましょう。もちろん重症の方が、先ですよ」


 ディアナの勇ましい宣言に、近隣からわっと集まったケガ人や病人は……ざっと二百人くらい。村の教会はちょっとしたお祭り騒ぎになり、臨時の屋台や茶店をやるものまで出る大盛況だ。


「ね、ディアナ様。大丈夫かな? かなり、多いみたいだけど……」

「いやだわお姉様、様付けなんて他人行儀。呼び捨てにしてください」

「さすがに呼び捨ては……じゃ、ディアナちゃん、この人数は、厳しくないかな?」

「そうですね、普段なら、無理ですね。でも今日は、お姉様がいらっしゃるもの!」


 ああそうかと、ようやくリュシエンヌも自分の役目に気付く。今日の彼女は、聖女ディアナが魔力切れでぶっ倒れぬように、魔力をせっせと補充してやるのがお仕事なのだ。


「さあ、張り切って、やりますよっ! 最初の方、どうぞ!」


 腕まくりをせんばかりの勢いで、ディアナが治癒を始める。最初の患者は肺を病んでいるようで、ひゅうひゅうと苦し気な呼吸をして、すでに一人では動けず家族が担架で運び込んできた中年の女性だ。このまま放っておいたら、間違いなく一週間も持つまい。


「はい、苦しいのはこのあたりですね。大丈夫ですよ……この者に神の恩寵あれ!」


 患者の胸に両掌を当て、短く気合を入れる。その掌が淡い緑色の光を帯び、ゆっくりと光が相手に染み込んでいく。


「いかがですか?」


 その手の輝きが消えた時、ディアナが呼び掛けた。女性はゆっくり静かに深呼吸を数回すると、驚きに眼を丸くした。


「な、何とも、ありません……さっきまで、あんなに苦しかったのに。ああ、聖女様、なんと尊いお力……」


 担架で来たはずの女性だが、何もなかったかのように自力で起き上がり、何度も何度も家族とともにディアナを拝んだあげく、自分の足ですたすたと出ていった。


「すごいわ、ディアナちゃん。本当に、女神様みたいだった……」

「ただの魔法ですよ。兄様が氷を扱うのと同じことです。ああ、でも最初の方はちょっと病状が重たすぎたかな。一気に半分近く魔力を持っていかれちゃいました」


 そう言って見上げるディアナの瞳が期待でキラキラ輝いている。もちろん、彼女の要求が理解できないほど、リュシエンヌも鈍くはない。


「これで、いいかな……?」

「ふわぁ……」


 正面からふわりと、一回り小さいディアナの身体を抱き締める。じわっと自分の中から、なにかがディアナに流れ込むのを感じて、しばし眼を閉じる。その流れが止まったのは、胸の中で十を数えた頃。


「うそっ? 魔力が、溢れそう!」

「え? 早すぎない?」


 ディアナの驚く声に、リュシエンヌも意外の感を禁じ得ない。こんなスピードで魔力をフルチャージできるとは、思っていなかったのだ。


「間違いなく、満タンですね。だけどこんなに一気に魔力を渡して、お姉様は大丈夫なの?」

「うん、私は、全然なんとも。魔力がちょっとだけ減って、気分良くなったくらいかな?」

「すごい……やっぱりお兄様に独占させるわけにはいきませんね……うん、この調子なら本当に二百人でもいけそう。司祭様、次の方をどうぞ!」


 今日は、長い一日になりそうだ。


◇◇◇◇◇◇◇◇


「はあ~っ、魔力切れにはなりませんでしたが、さすがにこの人数はきつかったですね!」


 本当に集まった二百人の患者を全員さばいて、聖女には不似合いなげんなりとした顔をしているディアナである。無理もないであろう、朝から治癒を始めたはずなのに、すでに陽が落ちかけているのだ。その間はお茶を一杯飲んだくらいであとは手洗いくらいしか休憩をとっていない。魔力を使わずとも、疲れが身体に染み透るであろう。


「ディアナちゃん、お疲れ様。一休みしたら、外の屋台で何か買って食べましょう」

「いいですねっ!」


 お祭り騒ぎであった教会の外は、いつしか周辺の住民が集い、本当の聖女祭りになっていた。


 さもあろう、普段であれば何ケ月ぶんかの稼ぎを吐き出さねば得られない聖女の治癒術を、気前よく二百人も無料で施したのだ。しかもそのうち二十人ほどは、明らかに死病であったというのに、皆何事もなかったかのように自力で帰っていったのだ。住民たちがディアナを聖女、いや女神とも崇めるのは無理なきことであろう。篝火が焚かれ、獣肉が焼かれて……家族に癒しを授かった物持ちは、ワインの樽を気前よく開けて誰彼問わず振舞っている。


「ディアナちゃん、本当にみんなを幸せにできる、聖女様なのね……」

「ふふっ、褒めてくれて嬉しいですけど、今日のこれは、お姉様の魔力あってこそです。素の魔力だったら、三人目くらいで終わってたはずですもの」

「そう言ってくれて、私も嬉しい」


 へにゃりと微笑むリュシエンヌである。こんなにたくさんの人を喜ばせたのはもちろんディアナなのだが、そのうち何割でも、自分の魔力が役にたったと言うならば、とても幸せなことだ。なにしろローゼルトでは、貶められることはあっても褒められ喜ばれることなど、十年以上なかった彼女なのだから。


 リュシエンヌがディアナの手を取り、にぎやかな広場へ足を運ぼうとした瞬間、ひどく慌てた男の声が飛び込んできた。


「聖女様! 弟を、弟を助けてくれっ!」


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