【完結】役立たず人質王女ですが、それなりに幸せです
街のぶーらんじぇりー@種馬書籍化
第1話 人質ですか?
「リュシエンヌ。お前の嫁ぎ先が決まった」
「えっ……」
「アルスフェルト王国の第三王子だ。喜べ、本来ならお前などでは望むべくもない良縁だ」
数ケ月ぶりに顔を合わせた父……国王からいきなり結婚相手を一方的に通告されて言葉を失う、リュシエンヌと呼ばれた娘。
茶褐色の大きな眼はわずかに目尻が下がって、華麗さはないが優しげな印象を与えている。眼とは対照的に小さい鼻は丸みを帯びて、美人と言うよりは可愛らしい系の容貌だ。だがぷっくりと膨らんだ唇は血色が乏しく、若い娘に必要な栄養が十分とれていないことを窺わせる。上背は人並かと見えるが、食べたい盛りの年頃であろう娘としては痩せ過ぎだ。だがそれらの印象をすべてかき消してしまうほど人の視線を奪うのは、燃えるような真紅の赤毛であろう。赤っぽい、ではなく本当に鮮やかな紅なのだ。
「アルスフェルトに嫁いだ先王の王妹が、先日亡くなったのだ。新たな人質を直ちに送らねば、何か理由をつけて国境を侵してくるやも知れぬからな」
「私が人質で……ございますか?」
「ふん、王族のくせに魔法も使えぬ役立たずに、やっと国の為になる役目を与えてやろうと言うのだ。もっと喜んだらどうだ」
「……お父様の御意、承知致しました」
親子の情愛など欠片も感じられぬ父王の宣告を、視線を床に落として表情を隠しつつ、静かに受け止める娘であった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
ここはローゼルト王国。はるか昔に暴竜を鎮めた大魔法使いが建てたと伝えられる、大陸の中でもとりわけ古い歴史を誇る国である。歴代国王は始祖の優れた血を受け継ぎ、卓越した魔力をもって強力な魔法を操り、国を富ませ、大陸に覇を唱えてきた。しかし数百年の時を経てその力は徐々に薄まり、かつて吟遊詩人の叙事詩にも高らかに唄われた数々の超絶大魔法を扱える王族など、現在のローゼルトには存在しない。
この大陸では、支配層が如何に強力な魔法を使えるかが国力を決めると言ってよい。そう、万を超える練達の歩兵を動員して進軍しても、その上空から巨大な火球や無数の隕石が降り注げば、全滅するしかない。数千の民と十幾年の歳月を要する土木工事とて、優秀な土魔法使いを揃えれば、一年と掛からず完成する。魔法とは民政に用いれば神の恩恵でもあり、戦に用いれば逆らうことのできない神罰となる、まさに人を神たらしめる力なのだ。
かくして各国は魔力の強い者を貴族に取り立て、王族と娶せ、果ては他国から攫ってくるようなことまでして、魔法使いの質と量を競い合った。平民であろうが外国人であろうが構わず優れた者を重用した他国に比べ、貴族と王族の純血を維持することにこだわったローゼルトは、次第にその優位性を失っていった。
一方、隣国のアルスフェルトは三代続けて優れた魔法使いの王族を輩出し、大陸最強国にのしあがっている。先々代の王は、魔法の能力一本で平民から王女の婿となり、望まれて王位についた人物なのだという。このように徹底した実力主義を貫く隣国に対し、王族の血統のみを誇りとするローゼルト王室が、劣後していったのは無理なきことと言えよう。
しかしローゼルト王室は、自尊心だけは高かった。その根拠なき自尊心の赴くところに従い、国境のアルスフェルト側に発見された魔銀鉱山の利権を要求するという暴挙に出たあげく、それが容れられないと見るや大軍を発し、武力で鉱山を奪取せんとしたのだ。
結果は、悲惨だった。五万の兵を動員して越えた国境の先には、わずか五千のアルスフェルト兵とともに、国王と王子王女たちが待ち構えていたのだ。
両国王族による魔法の競演は、一方的な結果に終わった。ローゼルト国王が満を持して放った大火球の魔法は、敵の第二王女がこともなげに構築した水の壁にあっさり阻まれた。王子達が続けて取って置きの魔法を撃つも、同じ光景が再現されるだけ。
そしてアルスフェルトの王太子が得意の土魔法で崖を崩し山津波を起こすのを見た兵士たちの士気は崩壊し、我先に母国へ逃げ帰るべく国境の川に殺到したのだ。混乱が最高潮に達した瞬間、上流で堰き止められていた川の水が一気に切って落とされ、数万の兵士が一瞬で水神の許に召されることとなった。
かくしてローゼルトは完敗し、国王はじめ王族も捕らわれることとなったが、アルスフェルトは戦勝の勢いを駆ってローゼルトに侵攻し滅ぼすことを是とせず、以降軍事条約を結び、毎年一定の賠償を支払うだけという実に寛大な処置をとった。これが、二十五年前のことである。
もちろん、それまで戦争していた両国が相手の誠意を無条件で信頼できるわけもない。かくして敗戦国であるローゼルトが結婚適齢期を迎えていた王妹を、第四王子の正室として嫁がせることが決められた。無論、実相は人質である。王族とはいえ継承権の低いみそっかす王子に、生来の麗質を謳われていた王妹を与えざるを得なかったローゼルト王室の威信は、大きく傷ついた。
そして、二十五年間その役割をきちんと果たした王妹が、先日この世を去った。旧敵国に嫁いで立場上辛いことも多かったであろうが、夫と仲睦まじく暮らし一男一女を儲け、孫も含めた家族に看取られ幸せな最期であったのだという。
そんなわけで、ローゼルト側から「おかわり」の人質を送るという画策が、あたふたと為された。アルスフェルトがそれを求めていたわけではないが、人質を送っていないと恭順を疑われるのではないかと言う、一種の疑心暗鬼である。そんな疑いが出るのはローゼルトの側こそが、ことあらば背いてやろうというネガティヴな思いを腹に抱いているからなのだが。
新進気鋭の若手秘書官が激推しした候補者は、王族で唯一魔法が使えず、いない者扱いされていた第四王女リュシエンヌだった。その意を容れてアルスフェルトに恐る恐る発した打診に、ローゼルト側が驚くほど迅速な返答が届いた。
「第三王子マクシミリアンの婚約者として、リュシエンヌ王女を迎える」と。
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