14.沙那を返して

 一旦、気持ちを落ち着けるためにアウトレット内のカフェへ。若者に人気のお店らしいけど行列とまではいかなかった。


 流行りものと甘いものを抑えておけば、デートとして大ハズしはしない……よな?


「なぁ、沙那……今日は本気でこういう感じで遊ぶ気なのか?」

「ふふふ。やだな、これが普通じゃないですかぁ!」


 ストローでアイスカフェラテを啜ったのち、沙那がヘラヘラっと笑う。


「今日は道貴くんと私の大切な……本当に大切なデートですからっ!」

「そんな強調して言わなくても……」


 なるほど、舞台の上の女優さんみたくもうこのデート設定からはオリないつもりだな⁈ 


「ていうか」

「え?」


 立てた両肘にアゴを預けながら、沙那が身を乗り出してくる。照明に照らされ、栗毛がとぅるっと輝いた。


「私のこと、沙那って呼んでなかったですよね?」

「え」

「沙那って呼ぶのは、女の子のお友達か幼なじみのみっちーって子ぐらいなんですけど……?」

「目の前にその幼なじみのみっちーがいるんだけど⁈」

「あはは。私の前に座っているのは、大好きなでしょう?」


 お前も彼氏モードに入れ、というそれとない圧力を感じる……。でもいつもみたく強引な誘導ではない。素の沙那と喋るの、今日は無理そう。


「えぇ……。俺も、デート仕様に合わせろってこと?」

? もうしてるじゃないですかっ! あは、道貴くんは欲張りさんですねっ。いいですよ、もっともーっと遊びましょう♪」


 ダメだ。可愛すぎるが話にならん。演技に隙がなさすぎるって。もうブロードウェイでも行ってくれ。レッドカーペットの上で50m走でもしてくれ。元気だもんな。


 たしか、桐龍は沙那のことを『さぁちゃん』って呼んでたっけ。さぁちゃん……なんて可愛い響きなんだ。あだ名ってのは呼ぶほうも特別感があってドキドキする。


「ね、道貴くん?♡」


 完全にせがまれてるな。こんなこっぱずかしい呼び方をするのはマジで今日だけだぞ? てかそもそも仮想デートってなんだよ……。客観的に見たら、俺が沙那の恋人に見えるわけないだろ。周りの人にこんな変な状況がバレたらもはや火葬されるわ。


 とかモヤモヤ思いつつ、俺は意を決して沙那の恋人だけに許される特別な呼び名を口にする。


「さ、さぁ……ちゃん」

「ふふ。なーんですかぁ~?」

「よ、呼んでほしそうだったから」

「あ、バレちゃいましたぁ?」


 バレるだろ。パンチラどころかパンツ丸出しで路上を全力ダッシュしてるぐらいのわかりやすさだったぜ⁈(なんでパンツに例えた?)


「さぁちゃんって呼ばれるのが一番嬉しいんです~! 名前で呼ばれるよりもキュンとしちゃって!」

「そう……なのか」

「はいっ! これだけはおねだりしちゃいます!」


 こうやって桐龍が『さぁちゃん』呼びになったってわけね。というかアイツ、よくこんな可愛い彼女がいて無碍に扱えたよな。沙那が多少心を開くのが遅かったからって、俺ならいくらでも待つけど……。頭に血が上りやすい陽キャは怖いね。


「これ、すっごくおいしいですぅ!」


 ショートケーキを丁寧にフォークで切って、口に運んだ沙那――もといさぁちゃん。

 マリ男カート終わりの肉まんとか、この間つくってくれた手料理みたいにもっとがっついて食ってもいいんだぜ? 『おいひぃ……!』とか唸りながら食べ物に夢中になるほうがアナタっぽいと思うが。


「道貴くんも一口食べてみますかぁ?」

「もらっていいの?」

「もちろんです! あーんしてあげますよぅ!」


 そりゃそうなるだろうな。ていうかそのケーキほんとに美味そう……。イチゴだけじゃなく、キウイやパイナップルが乗ってるのがいいよね。


「あーんは別にどっちでもいいけど……」

「なんでですか~! 彼氏さんなんですから、尽くさせてください~!」


 ただ、この恋人芝居にはマジで疲れてきたがな。沙那が好きな男の子のために頑張れるのはよーくわかった。俺は俺で、ろくに恋人なんてできたことないのにここまで彼氏面をするのは……ちょっとハズかしすぎる。


 沙那と普通にアウトレットで遊ぶのは良いけど……。

 あ、いいこと思いついた。これなら沙那を演技から引きずりおろせるかも。


「じゃ、あーん」


 すんなり口を開けると、沙那がフォークに刺した一口分のケーキを俺の口元に運んできた。


「あ~ん♡」


 俺の目と口に意識がいって、手元が完全にお留守だ。

 これは友達としても普通に怒られそうな行為だが……、ここまで防戦一方だったし沙那に対する仕返しということで良いよな?


「隙あり」

「え、ちょ!!!!!」


 あ~んの寸前で顔を下げキレイに交わす。そしてそのままケーキが半分以上乗ったお皿を奪い取り……?


「あー、おいし」


 ケーキを、一口で全部食べてやった。


 どうだ、大好きなスイーツをこんな奪われ方をしてもなお演技を貫き通せれば大したものだが。


 俺の予想では、さすがに無理だと思う。だって沙那は、本当はすっごく自由で自分の好きなものはとことん大好きで、自分のものにしておきたい女の子だから。


「……み」

「み?」

「……みっちーのばかあああああああっ!!!!! 私のケーキさんかえしてよぅ!! 楽しみにしてたのにっ!!!!」


 と、抗議するように肩をゆっさゆっさ揺すられる。はい、予想的中。いつもの無邪気で子どもみたいな沙那が帰ってきました。


「ここだねっ⁈ ここにいるんだねケーキさん⁈」


 席から立ち上がり、俺のお腹をていていと平手で叩く。まだそこまでは辿り着いてないって! 俺のことハイウェイ消化器持ちの高速う〇ち製造マシーンだと思ってる?!


「かえして! かーえーしーてーよーっ!!」

「わかったって! すみません、ショートケーキ追加で1つください!」


 いつもの沙那とじゃれあいながら、やっぱりこっちのが大変落ち着くな、なんて思う俺だった。


 いやこのモードもかわいすぎるんですがね。この調子であと半日、沙那とフツーに楽しく遊ぶとしますか……。


 なんて思っていたんだが、そんなふわふわした期待感はわずか数時間後、あの悪魔との出会いによりかき消されることとなる。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る