3.童心に戻りたい

「や、やっちまったああああああああ……っ!」


 俺は、めちゃでかシャトーブリアンが焼けるぐらい顔を熱くして家まで全力でチャリを漕いでいた。


 ――『俺といるほうが幸せだと思う』


 があああああっ! なんちゅうキザなことを言ってんだよ俺はっ! おまけに彼氏がいる女の子をガッツリ抱き寄せて? 

 ……これ、二枚目俳優とかでギリだろ! 二百枚目ぐらいのエピローグ系童貞には許されなくね⁈


「でも、沙那を助けたかった気持ちは本物だしなぁ……」


 下心や沙那とどうこうなりたいという打算。

 そんなのは一切なかった。胸を張って言える。


「はぁ……頑張るか」


 今の俺が1番やりたいこと。

 それはやっぱり、傷心の沙那に笑顔を取り戻すこと。昔はあれだけ楽しく遊んでいたわけだし……今の桐龍に依存するぐらいなら、俺といたほうがマシだと思う。


 万が一、ちょっと距離を置いて桐龍が改心してくれるならベスト。

 それか沙那が別の恋を見つけてもいい。沙那レベルの女の子、他の男がほっとくはずがない。引く手あまたってやつ。


 ……俺は、それまでの繋ぎでいい。都合のいいように使いたおしてくれ。そう思えるぐらいには沙那が大事だ。


「ま、今の桐龍に沙那は渡せないわな」


 お前が変わらない限り、俺か次の彼氏が沙那をそばで守る。まあ変わるとは思えないがな。結果、桐龍はこんな完璧に近いステキな女の子を逃すわけだ。ざんねんでした。


「ふふ、いい気味だな……」


 最近はやってる『ざまぁ』系のラノベみたいだな。自分の失策でぐじゃぐじゃに崩壊するイケメンハイスペ男子(仮)。


 やべぇ、後悔する顔を想像するだけで飯が進みそう。ま、顔すら見たことないけど。




 ♢




「みっち~、おっまたせ~ぃ!」

「お、きたきた」


 目を漢字の『一』みたく細めて、手首を縦軸にひらひら回転させながら『やいほ~やいほ~』と沙那が挨拶。


 どっちも幼稚園からの癖。でも今日はなぜか新鮮に思える。

 一旦帰宅し、沙那と再集合。


 集合場所は――、


「この公園、久しぶりだよな」

「……うん、もう10年は来てないよぉ」


 俺たちが幼稚園のころ、毎日のように遊んでいた公園。


 砂場でつくれる山の標高の限界に挑戦したこと。

 蛇口での水風船遊びがヒートアップしすぎて、沙那が拗ねたこと。

 ……いま座っているベンチで、ハズレ入りのすっぱいガムのロシアンルーレットをしたこと。


 それぞれの場所を見るだけで、『ここでこんなことしたな』と楽しい記憶がよみがえる。

 沙那との思い出、すなわち幼少期の思い出が凝縮された公園。




「現実を見るのはちょっとしんどいから、みっちーと懐かしいことをして心をぽかぽかにしたいの!」




 それが、初恋を喪失した幼なじみの願いだった。うん、俺が出来ることなら喜んで付き合う。


 ただ。


「ホントに……来たんだな」

「来たもなにも~、私が誘ったんだし来るよ」

「まあ確かに。…………いいんだよな?」


 少しはぐらかして聞く。

 彼氏がいる状態で、ホントに俺と2人っきりで過ごしていいのかという最終確認。

 沙那の気持ちを無視して俺が勝手に振り回すのだけは避けたい。


 すると沙那は、「わかってんでしょ?」って感じで鼻で笑う。


「……意地悪だね、みっちー」

「な、なにが」

「それ、訊く必要あるぅ?」

「う」


 た、確かに……。ちょっとビビりな質問すぎたかもしれない。

 だって。


「私がこの公園にみっちーを誘って、2人で会いに来て、もっと言うとさっきはハグを返した。……これ以上、私から言うことはないですねぇ、はい」


 黙りこくる俺の手を、沙那は少し強引に掴んで大切そうに握る。


「むぎゅう~っ」

「ちょ、沙那」

「……ありがと」

「……」

「すっごく安心してるよ、私」


 いきなり火力が高すぎるんですけど。しっかり心臓がトクトク反応してるんですけど。


「……今は、みっちーといたい」

「……っ」


 頬を朱色に染めた上目遣い。

 上気した顔はぼんやりと筋肉がたゆんでいて、まるで捨て犬が「はっ、はっ」と舌を出して甘えるように、俺からの優しさを欲しがっているのがわかる。


「…………あれ、自分で言っといて、今すっごいデレデレの顔になってる気がする……」

「自覚あるんじゃん」


 これ、いわゆる『女の子の顔』みたいじゃねーか!

 そんなところ、お母さん見たことないわよっ! アンタいつからそんな子にっ……!


「うぅ……。こんなとこ、櫂斗くんに見せられないよぉ……」


 さすがに他の男にグイグイいきすぎたと冷静になったのか、太ももをくねくねよじりながら、沙那が気まずそうにする。その健気さったるや……! 脳みそが爆発しそうだぜおい。

 

「ごめんね、櫂斗くん……ごめんね……」

「……沙那、おまえ悪くなったな」

「⁈ やっぱりそうかな⁈」


 心の底では桐龍に申し訳なさを感じながらも、態度や行動では俺になびいてしまっている。これは悪いでしょうね。

 桐龍が発端だからしゃーないけど。



「のほほんとしたとことかは変わってないけどさ、昔はもっと照れ屋でピュアだったじゃんか」

「げ」

「ちょっと男慣れしたでしょ。イタズラわがまま娘」


 基本的に異性が苦手の箱入り娘。


 物心つく前から遊んでいるから俺には昔から気楽に接してくれるが、それでもモジモジしたりしどろもどろになったり……それが俺の中の羽井田沙那という女の子。


 でも今は……?


「男慣れって言い方が悪くない⁈ そんなにびっちさんじゃないよぅ!!!」


 ビッチに敬称がつくことあるんだ。


「ずうっと仲良しだから、みっちーには気も遣わないの~。そんな人に甘えさせてもらうんだから、ちょっと距離が近く感じるだけだって!」

「だといいけど……」


 恋人ができたからって調子に乗るタイプじゃ絶対ないしな。世の中には彼氏の悪影響でどんどんスレていく女の子もいらっしゃいますが……。そこは安心だ。


「文句なら櫂斗くんに言ってよね!」


 文句? ……ない、マジでないよ。


 だって今の沙那、はっきり言ってめちゃめちゃ可愛い。目の保養。心が満たされる。良いものを見させてもらっている気分になる。恋をした女の子って、また一段とステキになるんだ! そこだけは桐龍のおかげってとこか。


「それを言ったらみっちーも悪いよ?」

「え」

「仮にも彼氏がいる女の子を勝手にぎゅ~ってしたんだよ? この罪は重いねぇ~」


 元からの圧倒的かわいさ、軽口を言い合える関係性。

 それに女の子としての色気や処世術がパッチされて……?




 ――「私たち、どっちも極悪人だね?」





 ……ちょっと気を抜いたら、軽率にメロメロにさせられそうな女の子になっている!


 いかん、だって俺は沙那に元気で幸せになって欲しいだけ。

 自分の欲を満たしたり、変な下心がわくのは違う。


 そんなことを思っていると、沙那がお尻をずらしてさらに距離を縮めてくる。

 夜の公園で2人っきり、肩と肩が触れ合いそうな距離。


「ちょ、近くない?」

「? いいでしょ、別に! 今さらカップルとかになっちゃうわけないんだし~」

「……」

「みっちーだって、私といてもドキドキしないでしょ~?」

「そう……だな……?」


 いや俺は案外落ち着いてませんが? これが、恋愛実績を得た女の子と実績皆無のアマチュア童貞の差ってこと……⁈


 ただまあ、甘えられるのは悪い気しない。そもそも沙那と一緒にいるのは楽しいからな。


「じゃ、そろそろ~♪」


 思い出したように、自分のトートバッグの中をまさぐる。

 そして元気よく俺のほうを向いて、目をまん丸に。栗色のボブがふわっと揺れた。


「昔みたいにパーッとやって、イヤなことはいったん忘れちゃいましょぉ~!」


 ポテチ、2Lのコーラ、こまごました駄菓子……そして、サンテンドーDS。


「な、なっつ……」


「みっちーくんっ! あーそびーましょ~うっ!!!」


 沙那の穢れのない笑顔が『あの頃』と変わっていなくて、俺の胸はギューっと締めつけられた。


 ……こんな無邪気なかわいい子に甘えられて、イヤだと思う人はいない。


 ただ沙那の『甘え』が徐々にデッレデレになっていくのは、また先の話。

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