夏祭りで女子高生をナンパしてしまった。しかも4人も!!!!

平光翠

スカーレットガール

 遠くの方から微かに太鼓の音が聞こえる駅前で、マッチングアプリのメッセージ画面を開いている俺は、深くため息を吐いた。


『ごめんなさい。急用で行けなくなりました』


 何度見ても、一方的に送られてきたメッセージの文面は変わらない。社交辞令のように付け加えられた、次の機会を望む文章が俺の胸をざわつかせる。何の根拠もないが、2度とこの女からの連絡はないだろうという確信があった。


「はぁ、ドタキャンかよ……」


 メッセージのやり取りだけでなく顔を見せあった状態で通話までしたというのに、あまりにもあっさりと断られてしまった。2週間話した程度では全く仲良くなれていなかったのだろうか。

 彼女の真意は分からないが、このクソ暑い駅前に立ちっぱなしというのも辛い。いっそ、車に戻ろうかとも考える。


「どうするかなぁ。男一人で祭りに行くか……?」


 電車が到着するたびに、お祭りに向かうであろう人々が駅から離れていく。

 わざわざ美容院にまで行ってばっちりキメている男が、浮かない顔をしてお祭り会場とは逆方向に車を走らせるとなれば、あまりにも惨めに見えることだろう。家に帰って安酒を飲むぐらいなら、恥を捨ててナンパでもしてやろうかという気分になってきた。


 多分、よくわからない悔しさと、美容院代がもったいないという気持ちのせいで高ぶっているだけだろう。あとは、熱に浮かされているだけ。

 ナンパが成功しようが失敗しようが、明日には後悔するはずだ。


 なんだこの八方ふさがりな状況。


「あーもう、どうにでもなれ」


 お祭り会場へと流れる人ごみに合わせて歩み始める。閉め切られたビルの窓ガラスには自分の姿が映っているが、その印象はパッとしない。


 ワンポイントロゴのある白シャツに普通のジーンズ、髪をアップバングにセットして全体的に小ぎれいにした様は、一見すれば、これから彼女とデートの大学生のようにも見える。まぁ、どこにでもいるような平凡な容姿と言えばそれまでだ。


 流されるまま歩いていると、お祭り特有のにぎやかな雰囲気が伝わってくる。この状況でしか聞けないような楽器の音色や、子供のはしゃぐ声、カタギには見えない屋台の店主たちが必死に客を呼んでいる。


 一人で来ていてもこの空気の中に居ると気分が上がってくるようだ。


「あの子、フリーか……?」


 お祭り会場まで歩いてくると、塀にもたれかかった女性を見かけた。髪を後ろにまとめており、デニム生地のホットパンツを履いている。スラッと伸ばされた足は艶めかしさと美しさが感じられる。


 夜と言えど8月の頭は十分に暑い。祭りの熱気と合わせて頬からは汗が垂れていて、めんどくさそうに半袖で頬を拭うと、俺と目が合った。


 出来る限り自然に、雰囲気の良い愛想笑いを浮かべながら、彼女へと近づくと、向こうも少し笑みを浮かべてから片手に持っていたスマホをポケットにしまう。


「なに、ナンパ?」


「んまぁ、そんなところかな。お姉さんは今一人? 暇なら花火見に行こうよ。良い場所知ってんだ」


 頭の先から足の先までを舐め回すように観察される。値踏みされるような視線に不快感を覚えるが、おくびにも出さずに、努めてにこやかな表情を浮かべた。毛先を茶色に染めたお姉さんは、頬を歪めて少し笑うと、「つまんなそうだから、パス。他当たって」とだけ告げて、人ごみの方へと歩き出してしまった。


「あー、失敗、か……。まぁいいや」


 元より1度で成功するとは思っていない。友人曰く、ナンパは回数と引き際が大事なのだそうだ。


 人ごみから発せられる熱気に不快感を抱きながらもソースの焦げる匂いに誘われて屋台の道を歩き出す。大人も子供も入り乱れた会場は大通りを封鎖して行われている大規模なお祭りだ。たこ焼き屋だけでも10店舗は開かれており、味のバリエーションも様々。


 一般的にみられるような屋台だけでなく、占いだとか、おかしな色のドリンクなどが売っている屋台もある。煙草を並べている屋台を見た時は驚いたが、『FAKE CIGAR』と書かれたチョコ菓子だった。ニセ煙草にしてはクオリティが高い。

 まぁ、よくみればチープなデザインだし、中身はほぼ、ポッキーだ。

 なんでこんなの買っちゃったんだろう……?


 さすがにチョコ菓子でお腹は満たされないので、一番空いてそうな屋台に並んだ。

 普通のたこ焼きと明太子が入ったたこ焼きを買う。このまま向こう側まで歩いて行けば、公園があるはずであり、そこから見る花火は意外とお気に入りだ。


 その道中までには1人ぐらいナンパが成功するはずだろう。

 いや、甘い考えかもしれない。


「けっこう制服のまま歩いてる人も多いな……」


 カップルだったり女子だけだったりと様々だが、どこかの高校の制服のまま歩いている子も多い。さすがに、高校生に手を出すつもりはない。

 だが、最近の高校生は大人びていて、一見すると20歳前後にも見える。


 化粧もしているしな。


「お姉さん、綺麗な浴衣着てるね。誰かと待ち合わせ中?」


 なるべく軽い感じを心掛けて声を掛けたのは、赤い花柄の浴衣を着た少女。片手には見たことのないパッケージのお酒を握りながら、どこかイライラしたような、むしろ心配そうな表情でスマホを見ていた。


 多分、彼氏待ちだろうし期待はしていない。

 なんとなく目に入って、装いが綺麗だったから声を掛けただけだ。ホントはちょっと期待してたりするけどね。


「まぁ、友達待ってるだけです。ってか、お兄さん、誰?」


「誰ってわけでもないよ。ただ、これから飲もうと思ってるから、どうかなと思って声掛けたんだ。お友達も一緒にさ」


 赤い浴衣の少女はスマホを顎に当てて思案する。きらりと揺れた赤いピアスが輝いている。

 髪の毛も綺麗な赤色に染めた少女は、太陽かと見間違うほどに明るく美しかった。ほのかに警戒心を見せているため、目元はキツイがそれを含めても美人と呼べるだろう。

 なにより、目立つような派手な装いをしているにもかかわらず、それが浮いているわけではない。むしろ、当たり前であるかのように着こなしているのだ。


 切りそろえられたセミロングの髪からは微かに甘い匂いがする。何かの香水だろうか。

 スマホの裏を指でカツカツと鳴らすさまは、一流女優のように様になっていた。


「花火見に来たんでしょ? 良い場所知ってるからさ、そこ行こうよ」


「んーでも、私……


 彼女が何かを言おうとしたところで、少し後ろの方から男の怒号が聞こえた。驚いてそちらを見ると、くすんだ金髪のガラの悪そうな男が、泣きそうな顔をした白髪の女の子の腕を引っ張っている最中だった。周りの人たちもチラチラと視線を送っているが、助けようとはしない。


 まぁ、誰だってもめ事は御免被りたいのだろう。


 今までナンパしようとしていた相手の前だというのに、深いため息が出てしまった。


「ごめんね、お姉さん。雰囲気悪いから、また今度ね」


 少し笑って、それだけ告げると、人ごみをかき分けて金髪の男の方へと向かう。

 髑髏が血涙を流しているセンスの悪い黒シャツの男と、真っ白な雪のような浴衣を着た少女の間へと割り込んだ。


「おお、ぶつかって悪いね。ちょっと酔っててさ」


「は? どっか行けよお前」


「ごめんね、邪魔するつもりはないこともないわけでもないことも無いんだけどね~」


 苛立ちを隠そうともしない金髪の男は、かなり強引に女の子の腕を引いて行こうとする。少女の初雪のような白い肌が真っ赤に腫れていき、目に浮かべた涙が数滴、地面にシミを作った。


「あれぇ? お兄さんも飲み足りないんじゃないか? 僕のお酒を分けてあげよう!!」


 人と揉めるのは苦手なのだが、俺はこれでも181cmの高身長の部類だ。大抵は、体を押し付けながら凄めば引いてくれることが多い。今回も例に漏れず、少女の手を放してくれた。

 殴られませんように。と祈りながら、男の肩を掴んで、晴天に浮かぶ雲のような白髪の少女から距離と取った。もし、諦めないようだったら、大声を出して周りを巻き込もう。


 喧嘩できるほど、豪胆な性格はしていない。


「……チッ、胸糞わりぃ。死ね、クソ女」


 地面に唾を吐きながら、最後に俺の後ろに居た少女を睨んだ。俺じゃなくて女の子の方を睨むあたり、本当に器が小さいな。こっちが恥ずかしくなってくる。


「ああっと、大丈夫? 変な男も多いから気を付けてね」


 周りからの注目に耐えきれず、逃げるようにその場から離れようとした。しかし、雪のような美しい白髪の少女は涙を拭いながら俺の手を掴んできた。

 むやみに振りほどくわけにもいかず、仕方なく振り返る。


 かなりの身長差があるせいで、俯く彼女の顔は分からない。けれど、白雪のような洗練された美しさの浴衣を着て、肩を震わせる少女は儚げな人形のように見えた。胸元の大きなふくらみの上には白のリボンコサージュが着けられていて、その抜群なスタイルを強調しているようだ。だが、全く下品さはない。

 彼女の纏う雰囲気が高貴であるからだろうか。


 弱々しく手首をつかんでいるが、俯いたままで何かを言う様子はない。肩が震えているのを見る限り怖かったのだろう。

 綺麗な赤髪の娘のナンパは失敗したし、見惚れてしまうような白髪の少女には泣かれるしで、散々なことばかりだ。遅まきながら夏祭りに来たことを後悔し始める。


「お兄さん、真城ましろのこと助けてくれてありがとね」


 突然正面から声を掛けられたかと思うと、目の前には先ほどの赤い浴衣を着た女性が立っていた。


「えーと、この娘の知り合い? さっき言ってたお友達ってこの娘だったんだ」


 赤髪のお姉さんは結構タイプだが、強引なナンパで泣きそうになっているお友達を連れて行くのは忍びない。というか、十中八九断られるだろう。逆の立場だったら絶対に断る。


 なるべく明るい笑顔を保ったまま離れようとすると、モデルのようなスラッとした出で立ちの女性に道を阻まれた。


 目に飛び込んできたのは海を思わせるような爽やかな青色の髪。おそらく170近くはあるであろう身長に、高い位置で結んだポニーテール、前髪に着けた青いヘアピンがわずかに主張しており、猫のように鋭く愛らしい目元が印象的だ。

 完全なポーカーフェイスで感情は読み取れないが、確固たる意志で俺の行く手を阻んでいるようにも見える。


 更にその後ろに隠れるようにして、こちらを窺ってくる少女が居た。

 他の3人とは一転して目立たぬ黒髪だが、病的なまでに細い首には真っ黒なチョーカーを着けていて、闇夜に紛れるような漆黒の浴衣が、彼女は只者ではないということを示唆している。幼い顔立ちながらも伸ばされた長い黒髪のせいで、不気味さと危うい色気を放っている。


「お兄さん、私達のこと、ナンパしてみない?」


 振り返ってみれば赤い浴衣のお姉さんが小悪魔のような笑みを浮かべて誘ってくる。


 俺は、この夜を一生忘れることは出来ないだろう。

 そんな根拠のない直感が、頭を支配していた。

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1話だけ読んでいただけた方、ブラバするまえにいいねやブクマをして、頭の片隅に残していってください。機会があれば続きを読んでいただけると嬉しいです。


このまま続きを読む方は、スルーしてお楽しみください。

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