蟻赤子物語 ヴァリアント・ベビー

とんとん

第1話 ラッキー!

おれたちがどうして生み出され、どうして人を殺すのか。

その一切を、誰も知らない。



『わがヴァリアント地底国の地上侵略はおおむね順調である。しかし気を抜くな息子たち!

わらわのために、今日も全身全霊をかけて、人間どもを蹂躙せよ!!』


女王の命令を受け駆動する、体長2.5メートルの殺人機械。

それがおれたち──兵隊蟻アーミーアンツだった。


夜。

巣から這い出たおれたちは、規則的な隊列を組み、闇に溶け込みながら進軍する。

今日の攻撃先の街は人口20万人。軍が滞在しており、兵員、武器ともに豊富にある。

だが、おれたちには関係ない。

何門の大砲を用意しようが、何人の兵士をかき集めようが、所詮生身である人間の抵抗などすべて無意味だ。

虚弱な人間と違い、おれたちには疲れも恐れもない。そういうふうに生まれたからだ。


絶叫する兵士たちを6本の多脚で両断し、踏み貫きながら、おれたちは街の防壁を突破した。

要した時間は四分というところか。今まで滅ぼした街では4、5番目に耐えた方だ。


まあ、今回の街もザコだった。

ここからは少数に別れて、民家を一つ一つしらみつぶしにしていく。“餌”は一匹たりとも逃がすなというのが女王の言いつけだ。

「A中隊、市街地に侵入」

おれは、副隊長の相棒と二匹で、目に付いた家に手当たり次第突入した。


「来るんじゃねえバケモンがぁあああああ──!!!」


扉をこじ開けると、男が猟銃を構えて立っていた。

「ああああああああああああああっ!!」

奇声を上げながらガチャガチャと懸命にリロードし撃ってくる。

当然、おれたちの外殻には傷一つつかないが。

「ああああぁぁぁ……ぅ……」

最後の一発を撃ち終えたとき、男は放心状態だった。

おれが前脚を振るってその首を飛ばす。その後に相棒が、奥に隠れていた女を引きずり出してくる。

「いやぁああああっ!!!」

女は頭のない男の遺体にすがりつき、泣き叫ぶ。親の顔より見た光景だ。

相棒は捕獲用ワイヤーで手際よく女を拘束すると、そのまま自分の腹の下に縛り付けて捕虜の列に連れていった。

全てがいつも通り、作業的に進められる。

まったく、ため息が出るほど容易い仕事だ。

もちろん女王に奉仕することに不満はないが、どうしても不完全燃焼感が否めない。


というわけでおれはなんとなく、その家を物色することにした。

足で壁を突き壊し、奥の部屋に進む。そこは寝室らしく、ベッドがふたつ並んでいた。

いや、違う。

みっつだ。

大きなふたつのベッドとはべつに、部屋の片隅に、小さい柵付きベッドがぽつんと残されている。

その中をのぞき込んだ。


赤ん坊の丸いふたつの目がおれを見つめ返していた。


……ラッキ───────!!!!


思わず声が漏れそうになった。ゴミ箱で宝物を見つけた気分だ。

こんなところで赤子肉に出会えるなんて……。


いや、いや待て。落ち着け。

もうすぐ相棒が戻ってくる。

こいつがやつに見つかったら、女王の献上品として没収されるだろう。

……いやだ。

おれたち兵隊は、いつも一番前線で働いて女王に貢献しているのに、痩せ細った人間にしかありつけない。赤子肉なんてもってのほかだ。

つまりこんな機会はめったにない。今この瞬間を逃せば、もう二度と巡り会えないかもしれない。

いま、食うか……。


それは女王への反逆行為では?

という理性が一瞬過ぎる。そんなことをして、バレたらタダでは済まない。最悪処刑されるかもしれない。

だが、それより本能を抑えられない。

顎からヨダレがだらだらと零れていた。おれはほとんど無意識に前足で赤ん坊を抱き上げ、目の前に掲げた。


「へぁ……あぅ……」


先程のごわついたむさい男とは比べ物にならない、白くきめ細かい肌の質感を間近で眺める。

つぶらな瞳、ぷっくりした頬、ぷすぷすと鳴る鼻。

目の前の生命を構成するすべてがおれの食欲を掻き立てる。

見たところ生後まだ半年ほどの、新鮮で芳醇な香りが鼻腔をくすぐる……もう耐えられん。

やっぱり食おう。今食えば誰にもバレない。


素早く周囲を見回し、誰の目もないことを確認すると、おれは顎をめいっぱい開けた。


赤ん坊はキョトンとした顔のままだ。突然現れた蟻の化け物に食われそうな状況を理解してないのか。


やっぱり赤ん坊は最高だな。

せめてひとくちで食ってやるか。


おれは、ぱくりと赤ん坊を丸呑みにした。


その瞬間、強烈な汚臭が口内を襲った。


「ヴぉえええええっ」


赤ん坊を吐き出していた。

まずい。

なんだ。何を食ったんだ!?

唾液まみれになった赤ん坊の身体を見る。


「どうした中隊長? なにをやっている」


家の外から相棒の声が聞こえてくる。

もう猶予がない。だが……赤ん坊の青白い尻には、異臭を放つ茶色い粘液体がべっとりとついていた。


「おい、もう自由時間は終わりだ。巣に帰還するぞ。早く戻って来い」


赤ん坊は自分が何をしたのかよくわかっていない表情をしていた。

漏らしたけどなにか? という顔だ。


「ああ、いま行く」


こいつ……。


























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