第23話 仮

「侑依ちゃん。ちょうどキリがいいし、今日はここで終わりにしよっか」

「そうですね。ではでは、今日はありがとうございました!」

「いえいえ」


 わたしたちはお互いに頭を下げあって、その場にある教科書やノートを片付ける。


「凪、家まで送っていこうか?」

「ううん、大丈夫だよ!」

「そう? でももう外暗くなりかけてるし……」

「本当に大丈夫! それより優良。ちょっと話したいことあるから部屋で待っててくれない? 片付け終わったらすぐ行くから」

「……? うん、わかった」


 そう言って優良は侑依ちゃんの部屋から出ていって自分の部屋へと戻って行った。


 ここで言えばいい話だと思われそうだけど、二人だけで話したかったので、部屋で待っていてもらうことにした。


 わたしは机の上に散乱しているシャーペンや消しゴムを素早く筆箱に戻してカバンにしまう。


「じゃあ侑依ちゃん、お疲れ様。次も一緒に頑張ろうね!」

「はい! 改めて今日はありがとうございました! これからよろしくお願いします!」

「うん!」


 わたしはお礼を言いながら可愛く抱きついてくる侑依ちゃんの頭をぽんぽんと叩いたあと、手を振って侑依ちゃんの部屋を去る。


 そして向かい側にある優良の部屋へと歩いて行ったわたしは『優良』とプレートが下げられている扉をコンコンと叩く。


 中からどうぞという声が聞こえたので、わたしは扉を開けて優良の部屋にゆっくりと足を踏み入れる。


「凪、どうしたの? 話って」


 優良が首をかしげながら、不思議そうにわたしに尋ねる。


「実はね──」


 わたしは侑依ちゃんの話を聞いていて考えたことがある。


 優良と恋はわたしのことを好きでいてくれて、真剣に考えてくれているのに、わたしの態度は二人に対して失礼なのではないかと。


 もちろんわたしも真剣に考えていないわけではない。だけど、わたしからも二人にちゃんと歩み寄って考えなければいけないのではないか。


 このまま二人の好意に甘え続けるわけにはいかない。


 時間は悲しいことに有限だ。高校だってあと一年と少しで終わってしまう。


 いつまでも答えを先延ばしにすることはできないこともわかっている。


 だからわたしは一つのある決断をした。


「優良。わたしと付き合ってください!」


 わたしは優良の前に手を差し出し、真っ直ぐ優良の目を見てそう強く言い放った。


 ☆


「お、おはよ。凪」

「うん、おはよー、優良」


 いつもの朝。わたしは恋と一緒に登校しているので、迎えに来るはずなのは恋だ。けれど、今日は優良が迎えに来ていた。


「もう準備できてる?」

「うん。できてるよ」


 いつもならまだベッドの中でうだうだと学校に行かなくて済むような言い訳を考えている頃だけど、今日は違う。


 頑張っていつもより三十分も早く起きた。そんなたかが三十分と笑われそうだけど、わたしにとって三十分早く起きることはとても困難なことだ。


 それにそのおかげでいつもならそのままにして行くこともある寝癖もストレートアイロンでしっかりと直すことができた。


「じゃあ行こっか」

「うん」


 わたしは靴を履いて、家に鍵をかけ、優良の隣に並んで歩き始める。


「いやー、今日もすごい晴れだね。汗がすごいよ」


 わたしは吹き出す汗を手で拭いながら、優良に何気なく話しかける。


 もう本格的に夏に入ってきた。そろそろ迫ってきている地獄の期末テストを終えたら、待ちに待った夏休みだ。


「そうだね。……ね、ねえ、凪」

「ん?」

「手……繋いでも……いい?」


優良がそう言いながら、わたしの横に手を差し出してくる。


「……うん。いいよ」


 わたしはゆっくりと優良の差し出された手を握り返す。すると優良がすぐにわたしから手を離して、わたしの手に指を絡めてきた。


(……!)


 手を繋ぐのではなく、手を絡める。わたしはてっきり普通に手を繋ぐものだとばかり思っていたのだが、それはいわゆる恋人繋ぎというものだった。


 優良はわたしとは反対の方向を見て、わたしの方を見ようとはしない。


「優良…… もしかして照れてる?」

「うん……」


 今まで手を繋いだことなんて何回もあっただろうにどうして今日はここまで照れてるのだろうか。


(恋人繋ぎしてるから?)


「だってでも凪と付き合ってると思うとすごい嬉しくて……」


 わたしの疑問に答えを返すように優良が顔をそらしたまま小さな声で呟く。


 そう。優良の発言通り、わたしたちは付き合っている。付き合っているのは事実だが、実は本当に付き合っているわけではない。


 わたしたちは一週間限定で付き合うことになったのだ。


 なぜそのようなことになったのか。


 それはわたしが優良に一週間限定で付き合ってくださいとお願いしたからだ。


 ──1日前


「わたしと付き合ってください!」


 わたしはそう言って勢いよく優良に向けて手を差し出した。


「一週間限定で!」


 このままただ二人からの好意に甘え続けるわけにはいかない。二人のためにもなるべく早く答えを出すために、これがわたしの考えた結果だ。


 恋人という関係を経験してみれば、何か先に進めるかもしれない。もしかしたら先に進むどころではなく結末まで見えてくるかもしれない。


「一週間限定で?」

「うん。ダメ……かな?」

「ううん、一週間限定でも凪と付き合えるなんて嬉しいよ……!」


 そう言って優良はわたしの手を強く掴んだ。そしてその瞬間からわたしたちは仮の恋人関係になったのだ。






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