第11話 お泊り

「うっ…… なんだこの可愛さは……」


 お昼ご飯を食べ終わったわたしたちはまず動物ふれあいコーナーに足を運んだ。


 そこにはもふもふのうさぎが何匹もわたしたちを待ち構えていた。眺めるだけでも可愛いのになんと触ることまでできることにわたしの心はうさぎ欲ゲージで満タンになる。


 わたしはそのゲージを解消するかのようにうさぎを激しくモフり、大満足で次へと向かう。


「わっ!飛んだ!」


 ここは鳥類ゾーン。いろんな鳥を見て回ったが、特に印象的だったのはハシビロコウという鳥。ハシビロコウは狩りで獲物を確実に捕らえるために滅多に動かないと言われているらしいが、なんと一瞬だけ飛ぶところを見ることができた。


 その後もわたしたちは時間を忘れていろいろな動物を見て回った。あまりに楽しかったので閉園時間が近づいていたことにすらわたしは気づいていなかった。


「そろそろ終わりだね」

「え、もう終わり!? 時間が過ぎるの早いなあ」

「凪、すごい楽しんでたもんね」


 わたしは名残惜しさを感じながら、心の中で今日出会った動物たちに手を振り、優良につれられて動物園を後にした。


「すっごい楽しかった! ありがとうね、優良!」


 駅のホームに向かいながらわたしは優良にお礼を言う。優良がいてくれたおかげでわたしは心置きなく楽しむことができた。


「こちらこそ。わたしも楽しかったよ」

「良かった!」


 わたしばっかりはしゃいでいて、優良も楽しめているかひっそりと不安があったので、今の一言を聞いて安心した。


「……ねえ」

「ん?」

「今日わたしの家に泊まって行かない?」

「え、今から?」

「うん」


 急な誘いにわたしは少し驚く。


(うーん、どうしよう。わたしはいいんだけどなあ)


 わたしには帰って夜ごはんを作るという使命が待っている。わたしの判断だけでは決めることができない。


「優良の家族はいいって言ってるの?」

「うん。すでに承諾獲得済み」

「じゃあちょっとお母さんに連絡して聞いてみるね」


 わたしはスマホを開いて、今日優良の家に泊まってもいいかとお母さんに連絡をした。わたしがメッセージを送るとすぐに既読がつく。


「泊ってもいいって!」


 お母さんから許可を貰うことができた。


「やった! わたしのお母さんも凪に会いたがってたよ」

「あ、そうなんだ。確かに優良の家行くの久しぶりだもんね」


 優良がわたしの家に来ることはよくあるが、いつも優良とはわたしの家で会っているので、優良の家にお邪魔する機会は少ない。


(最後に優良の家に行ったのいつだったっけなあ)


 そんなことを考えていると、音楽と共に電車のアナウンスが鳴り始めたので、わたしたちは電車に乗って、優良の家の方面に向かって帰って行く。


 電車から降りて、帰る途中にファミレスによって夜ごはんを食べ、そのまま優良の家へと向かった。


 ☆


「ただいまー」


 わたしたちは動物園を後にした一時間半後くらいに優良の家に到着した。なんだか優良の家の匂いが久しぶりで、わたしは大きく空気を吸う。


「凪ちゃん! 久しぶりねえ! 元気にしてた?」


 優良のお母さんがリビングの方向からやってきた。


「はい、お久しぶりです!」


 わたしはぺこりと礼をする。


「あらあら、そんなにかしこまらなくてもいいのよ」

「あ、はい! ありがとうございます!」

「連絡したと思うけど、ご飯は食べてきたから。お母さんお風呂沸いてる?」

「ああ、今から沸かすところよ。沸いたら呼んであげるから」

「はーい。じゃあ凪、わたしの部屋で待ってよ」

「うん」


 わたしはまた優良のお母さんに軽く礼をして、優良のあとに続いて二階へと足を運ぶ。


「わあ、優良の部屋久しぶりに来たなあ」


 優良の部屋に入ると、優良の家の匂いから優良個人の匂いに変わる。


「わたしが毎回凪の家に行ってるからね」

「あ、そうだ。今、侑依ゆいちゃんいる?」


 久しぶりに優良の家に来たなら侑依ちゃんにも会っておきたい。


「ああ。侑依は今日友達の家に泊まりに行ってるからいないんだよね」

「えー、そうなんだ。残念だな」


 侑依ちゃんこと泉侑依いずみゆい。わたしたちの二つ下、中学三年生の優良の妹である。


昔はよく一緒に遊んでいたのだが、最近は優良の家に訪れることがなかったので、当分会えていなかった。確か最後に会ったのは一年前くらいだった気がする。


「わたし的にはうるさいのがいなくていいんだけどね」

「あー、また言ってる。侑依ちゃん可愛いんだけどなあ。わたしが妹に欲しいくらい」


 侑依ちゃんは優良と同じDNAを持っているからなのか、容姿が整っていて、とても可愛い。それに加えて甘え上手なのでわたしも本当の妹のように可愛がっていた。


「侑依が凪にいい顔してるだけだよ。あいつ家ではわがまま放題なんだから」

「そうなの? でもわたしだったらそのわがままも許しちゃいそうだよなあ」

「凪は侑依に甘すぎ」

「あはは、そうかな?」


 確かにそうなのかもしれない。わたしもお姉ちゃんに甘やかしてもらったという自覚があるので、その分誰かを甘やかしたい欲がひそかに眠っているのかもしれない。


「……わたしも凪に甘やかしてもらいたいなー」

「え?」


予想外すぎる言葉をわたしの耳が捕らえる。


「甘やかしてもらいたいなー」


 優良が口を尖らせて、わたしを横目でチラチラと見てくる。


 わたしは今何を求められているのだろうか。


「えっと、優良さん?」

「そうだなあ、じゃあ膝枕して?」


(んんん!?)


「ほら、早く早く」


 優良がわたしに早く膝枕をしろと急かしてくる。


(侑依ちゃんの話してたのに、どこから膝枕の流れに変わったの!?)


「あ、その、お断りするっていうのは……」

「えー、だめなの?」


 優良が甘えるような目つきでこちらを見てくる。


(だ、だって、恥ずかしいよ……)


膝枕なんて急に言われても心の準備ができていない。


「もうちょっと早くから言っといてもらえれば……」

「え、早くから言ってたらOKなの?」

「あ……」


(OKなのかな?)


「優良ー! お風呂沸いたわよー!」


 わたしが自問自答していると、下の階から優良のお母さんの声が聞こえた。


「お、お風呂沸いたって!」


 わたしは誤魔化すように大きな声で優良に話しかける。


「……じゃあお風呂入ってからにしますか。凪、先に入ってきていいよ」

「あ、ううん。わたしは後でいいから優良が先に入ってきて」

「そう? じゃあ行ってくるね」


 優良はそう言うと、パジャマを持ってお風呂へと行ってしまった。


「ふう……」


 わたしは小さく息を吐いて、床にごろんと横になる。


 今日一日楽しみすぎて優良がわたしに好意を持ってくれているということをすっかり忘れていた。


(はあ、本当になんでこんなわたしのこと好きなんだろう……)


 わたしはテンションが上がってしまったことによって、優良のことを忘れてしまうような人間だ。こんな自己中心的な人間のどこに好きになる要素があるのだろうか。


(絶対わたしではないと思うんだけどなあ)


 そんなこんなをいろいろと考えていると、優良がお風呂から戻ってきた。


「あ、早かったね」

「うん。凪もお風呂どうぞ」

「じゃあ行ってくるね」


 わたしは自分のダメさ加減を実感しながら優良に渡された優良のパジャマを持って、お風呂へと向かって行った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る