事故って入院した俺、見舞いに来た幼馴染に記憶喪失のフリをしたら「あたしはあんたの彼女だ」と言われる

亜逸

事故って入院した俺、見舞いに来た幼馴染に記憶喪失のフリをしたら「あたしはあんたの彼女だ」と言われる

「車が信号無視してくんじゃねえよ」


 一月ほど前に中学二年生になったばかりの少年――鎌田かまた大悟だいごは、病室のベッドに寝転がりながら毒づく。


 明日から大型連休ということで、ウキウキしながら自転車に乗って家に帰っていたところ、信号無視してきた車に跳ねられてしまった。

 その際に地面に頭を打って気絶してしまい、目が覚めたら病院の個室のベッドに寝かせられていた。


 頭には包帯が巻かれているが特に痛みはなく、目を覚ました後に両親から聞いた話によると、検査をしても異常は見当たらなかったとのことなので、頭の怪我に関しては大悟はあまりに気にしていなかった。

 倒れた際に負ったと思われる手足の擦り傷も、生傷の絶えない大悟からしたらあってないような怪我だった。


 問題は車と直に接触し、骨折してしまった右脚だった。

 この怪我のせいで今日から二、三日ほど入院しなければならなくなったし、退院した後もしばらくは松葉杖の世話になると医者に言われた。

 遊びたい盛りの大悟にとってその宣告は、拷問に等しかった。


「親父とお袋が、俺を轢きやがった野郎に〝挨拶〟するついでに、俺のスマホも回収してくるって言ってたけど……壊れてねえよな、スマホ? スマホがなかったら、入院してる間マジでどうやって時間を潰せばいいかわかん――」




「だだだだだ大丈夫か!? 大悟!?」




 突然、病室の扉が勢いよく開き、一人の女子が中に入ってくる。

 大悟と同い年で幼馴染の、今村いまむらあきらだった。

 

 晶はわりかしケロッとしている大悟を見て安堵の吐息をつきながらも、ベッドの傍にあった椅子に腰を下ろす。


「なんだよ驚かせやがって……思ったよりも元気そうじゃねーか」


 男勝りな物言いで、晶は言う。

 実際、晶は物言いどおりに男勝りで、大悟としても感覚としては男友達と呼んだ方がしっくりくるくらいだった。


 そんな相手だからか。

 ギプスを巻いた上で器具で吊されている右脚を見てなお「思ったよりも元気そうじゃねーか」と言われたことに、ちょっとカチンときてしまった。


(ただ文句を言うだけってのもつまんねえし……そうだ!)


 妙案を思いついた大悟は、怪訝な表情を取り繕いながらも、普段の自分なら絶対に使わない口調で晶に言った。




「あなた……誰ですか?」




 途端、晶の口から「は?」と、間の抜けた声が漏れる。


「おまえ、何言って――」

「僕……記憶がないんです」

「記憶がないって……」


 絶句する晶を見て、確信する。


(お、こいつ一発で信じやがったな)


 あまりにも上手いこといきすぎていることに、内心笑いを噛み殺す。

 同時に、こいつが大人になったら簡単に詐欺に騙されそうだなと、ちょっとだけ心配になる。


「……マジ、なのか?」


 神妙な面持ちで訊ねてくる晶に、大悟も神妙な面持ちで首肯を返す。


「マジかぁ……」


 と、片手で頭を抱える彼女に追い打ちをかけるべく、大悟は先と同じ質問を淡々とぶつける。


「だから、もう一度聞きます。あなたは誰ですか? 僕の知り合いなのですか?」


 返答に窮しているのか、頭を抱えたまま、様子を窺うようにチラリとこちらを一瞥してくる。

 そんな晶の様子を見て、そろそろネタばらししても良いタイミングかもしれないと考えていると、彼女の頬が微妙に赤くなっていることに気づき、眉をひそめる。


(こいつ、なに赤くなってんだよ?)


 そんな怪訝が顔に出ないよう気をつけていると、晶は赤い顔のままこちらに向き直り、




「あ、あたしは……あんたの彼女だ」




 …………………………んん?




 今、こいつなんて言いやがった?


 彼女?


 俺の彼女?


 男友達みてえなこいつと俺が?


 ……いや、まあ、こいつ、黙ってりゃ可愛いし、気が合うから、別にそうまんざらでもね――




(――って、なに考えてんだ俺ぇぇえええぇええぇッ!!)




 かろうじてポーカーフェイスを保ちながら、心の中で絶叫する。


(いや待て落ち着け! こいつのことだ。記憶喪失が嘘だとわかった上で、どこまでその嘘を貫き通せるのか試してやがる可能性がある。そっちがその気だってんなら、乗ってやろうじゃねえか!)


 などと、威勢良く結論を出しているように見えるが。

 晶が素直に記憶喪失を信じていたことや、そんな彼女を見て「簡単に詐欺に騙されそう」とか自分が考えていたことを綺麗さっぱり忘れていたり、いまだ赤いままになっている晶の顔色については考えないようにしている時点で、動揺しまくりのヘタレまくりになっていることに気づいていない大悟だった。


 兎にも角にも、このまま黙っていては晶に怪しまれてしまうので、自分でも感心するほどの演技力で逆襲を開始する。


「彼女ですか。それなら証拠を見せてもらいましょうか。僕とあなたが彼女だという証拠を」

「しょ、証拠ならあるぞ!」


 そう言って見せてきたのは、スマホに保存されている、二人で遊んでいる様子を映した画像と動画の数々だった。

 半ば予想していた展開に落ち着きを取り戻した大悟は、内心ほくそ笑みながらも用意していた返事を晶に返した。


「確かに画像も動画も沢山ありますが……彼氏彼女というよりも、男友達同士で遊んでいるという印象を強く受けるのは気のせいでしょうか?」

「んぐ……!」


 口ごもる晶に、大悟は内心で自分の勝利を確信する。

 ここまでの流れを考えると、勝利云々を考えている時点で色々と盛大にズレていると言わざるを得ないが。


「だ、だったら……!」


 晶はスマホを懐に仕舞うと、代わりに取り出した財布から輪っか状の何かをこちらに見せつけてくる。


「これは……玩具の指輪ですか?」


 どこかで見たことがあるような?――という大悟の疑問に応えるように、晶は首肯を返してから答えた。




「子供の頃、『大人になったら結婚しよう』って、あんたがあたしにくれた物だ」




 …………………………んんんッ?




 俺、こいつと、そんな漫画みてえな幼馴染あるあるなことしてたか?


 ……いや。してたわ。


 たしか幼稚園くらいの時にやってたわ。


(晶の奴、そんなことを今の今まで憶えてて、後生大事に指輪を持ち歩いてたっていうのかよ……)


 顔が熱くなっていくのを感じた。

 その熱を自覚してしまったことが恥ずかしくて、つい冷たい声音でひどい否定をしてしまう。


「その指輪の小ささを見る限り、子供同士のお遊びであることは明白ですね。あなたは、そんなこともわからずに僕の彼女だと言っていたのですか?」


 そして、後悔する。

 晶の表情が、くしゃりと歪む様を見てしまったから。


「そ、そうだよな……こんなの子供のお遊びだよな……」


 目尻には、涙が滲んでいた。


 その涙が見えた時にはもう――大悟は叫んでいた。


「ち、ちげえよ! 遊びなんかじゃねえ!」


「…………え?」


 涙の滲んだ瞳で、こちらを見つめてくる。が、しおらしかったのはそこまでで、涙が蒸発するほどの怒りの炎が彼女の瞳に宿り始める。


「って、あんた! 記憶喪失は嘘だったのかよっ!?」

「あ……いや、待てって! 病院なんだからデカい声出すなって!」


 大悟の言葉に、晶は一瞬自分の口を両手で押さえるも、すぐに離して小声で文句をつけてくる。


「そういうあんたこそ、大概に声デカいだろーが……!」

「て、てめえほどはデカくねえよ……!」


 しばし睨み合っていた二人だったが――


「――っ」

「――ッ」


 二人して、顔を赤くしながら相手から目を逸らした。


 睨み合っていた時間よりもはるかに長い沈黙が、二人の肩にのしかかる。


「……なあ」


 先に口を開いたのは、晶の方だった。

 彼女の声を聞いた瞬間、無駄にビクリと震えてしまったことを恥ずかしく思いながらも、ぶっきらぼうに返す。


「……なんだよ?」

「さっき、『遊びなんかじゃねえ』って言ったの……マジなのか?」


 今さらながら、自分と晶が子供の頃に結婚の約束していたこと、それを否定したことを思い出し、大悟は天井を思わず仰ぎ見てしまう。


「いや……アレは……その……お前があんな顔するから、つい言っちまったってだけで……」

「……だよな」


 その反応が、あまりにも哀しそうだったせいか。

「遊びなんかじゃねえ!」と言った時と同じように、ついこんな言葉を彼女に投げかけてしまう。


「さすがにいきなり結婚ってのはハードル高えから……とりあえず、付き合ってみるか? 俺たち?」


 晶が、弾かれたようにこちらに顔を向けてくる。

 大悟は、半ば反射的に彼女から顔を逸らしてしまう。


「今の……マジ、なのか?」


 大悟が記憶喪失のフリをした際に言った時と同じ言葉で、晶が訊ねてくる。


(……いや、今のも『つい』言っちまっただけなんだけど……)


 横目でチラ見してみた晶の顔が、あまりにも真剣だったものだから、


「……ああ。マジだ」


 またしても、『つい』そんな返答をかえしてしまう。

 途端、晶の顔がかつてないほど真っ赤になる。

 なんとか頬の緩みを引き締めようとするその表情は、喜色に満ちあふれていた。


 そんな彼女の反応を見て、飛び跳ねたいほど嬉しく思っている自分がいることに気づき、自分の気持ちにもようやく気づく。


(んだよ。


 そうこうしている内に、嬉しさと恥ずかしさの臨界を超えたのか、


「あ、あたしそろそろ帰るわ!」


 晶は唐突に立ち上がり、大悟からパタパタと逃げ去っていった。

 入口の扉に辿り着いたところで、こちらに顔を向けないまま、耳を真っ赤にしたまま、ポツリと言う。


「毎日、顔を出すから……」


 その言葉を最後に、晶は病室から出ていった


 晶がいなくなった扉をしばらくの間見つめた後、ポツリと呟く。


「あいつ……あんなに可愛かったっけ……」


 自覚した途端だから現金にも程がある。

 おまけに、右脚が骨折して遊べなくなったことなど気にならないくらい、胸が弾んでいるときている。

 そんな自分に、大悟はつい苦笑してしまった。



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 最後まで読んでいただきありがとうございマース。


 ただいま連載中の、ケンカが主題だけど後々恋愛要素も入れるからカテゴリーは恋愛でいいよねと思いつつもなんやかんやでジャンルが迷子になっている「ヤンキーギャルにケンカを教わることになった件」も合わせて読んでいただけると幸いデース。


 URLは下記になりマース。

https://kakuyomu.jp/works/16817330648656085875

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