第27話 番外編
「これでどうかしら!」
ライラ様のはしゃいだ声が銀世界のような屋敷の庭に響く。
真冬の辺境は雪が深く積もる。
それを珍しがるのは赴任直後で初めてここで冬を迎える隊員ぐらいで、我々のように長年辺境暮らしを続けている人間にとっては退屈極まりない季節だ。
しかし今年は違う。
約束通り、ライラ様が遊びにいらしたためだ。
長期の旅行から戻られたマリエル様の両親とも初対面したのだが、母上であるダイアナ様とは初日から意気投合し、翌日は丸一日ダイアナ様がライラ様を独占する形になってしまった。
まるで本当の母娘のように楽しげにドレスを選ぶ姿は何とも微笑ましく、このお二人に限っては「嫁姑問題」などどこ吹く風になりそうだと胸をなでおろしていたのだが、そんなおふたりをおもしろくない様子で見ていた人物がいた。
我が主だ。
ライラ様が到着する数日前からソワソワして鬱陶しいことこの上なかったのだが、待ちに待った到着直後にダイアナ様に掻っ攫われてしまった。
前回のライラ様のご訪問の際に留守にしていたことを残念がっておられたダイアナ様いわく
「マリエルは前回さんざんライラちゃんとイチャコラしたらしいじゃないの。次は私の番よっ!」
とのことで、悪びれる様子はまったくなかった。
そしてようやくライラ様とゆっくり過ごせるようになったのが3日目の今日である。
ふたりが仲睦まじい様子で雪だるまを作っている。
「これでどうかしら!」
はしゃいだ声で言ったライラ様お手製の雪だるまは、小枝と木の実でとても可愛らしい顔立ちに整えた微笑ましい出来栄えだ。
初めて作るにしてはセンスがいい。
その横に視線を移すと、そこには悪人面の怖い雪だるまが並んでいた。
制作者はもちろんマリエル様だ。
同じ素材を使っているはずのに、どうやったらそんな顔の雪だるまが作れるのか。
呆れ顔で眺めていたら、ライラ様がマリエル様のコートの袖をクイッと引っ張った。
マリエル様が巨体を傾けるとライラ様がその耳元で何かを囁き、ふたりで顔を見合わせて微笑みあっている。
そしてふたりで雪だるまをもう1体完成させると、こちらに視線を向けた。
「カーク! 見ろ、おまえの雪だるまも作ってやったぞ!」
マリエル様がこちらに向かって手を振り、ライラ様はふんすと胸を張って得意げに笑っている。
我が主の作った雪だるまの悪人面に呆れていただけなのだが、その様子がつまらなさそうにしているように見えただろうか。
申し訳なさと、ライラ様の気遣いへの感謝を込めて笑顔で軽く会釈をする。
その時だった。
「くしゅんっ」
と小さいくしゃみが聞こえた。
寒さに慣れていないライラ様だ。
体が冷えてしまったのかもしれない。
「いつでも湯浴みできるよう用意しておりますので――」
そろそろ中にと言い終える前に、マリエル様がなんとライラ様を横抱きにして駆け出した。
「大変だ! ライラが風邪をひいてしまうっ!!」
一目散に屋敷に入っていく我が主の大きな背中を見送る。
ゆっくりと後を追ってちょうどバスルームの前に到着したところで、中から悲鳴に近いライラ様の声が響いた。
「マリエル! どうしましょう、誰かっ!」
様子を覗いたメイドからの「大丈夫です」という了承を得て中へ入る。
「失礼します」
このバスルームはマリエル様の巨体が収まるよう特注で作らせた大きなバスタブが備わっているのだが、そのバスタブに半分沈むようにしてマリエル様が倒れていた。
ふたりともまだコートを着たままの状態だ。
「あの……コートを脱がせてくれようとしたので『一緒に入浴するのですか?』と聞いたら、ふらふらと倒れられてしまって……」
言われてようやく、自分が何をしようとしていたのか気づいたのだろう。
「大丈夫ですよ。お湯かげんがちょうどよくて眠ってしまわれたのでしょう」
にっこり微笑むと、ライラ様は何かを思い出したようにポンと手を合わせた。
「わたくし知ってますわ! お湯が気持ち良くて眠ってしまうカピバラという動物がいるんですのよ! やっぱり可愛らしいお方だわ」
笑い転げそうになるのをどうにか耐えて、メイドに来客用のバスルームに案内するよう指示を出しライラ様を送り出した。
こういう事態もあり得ると想定して来客用のバスルームのほうも湯浴みの用意をすでに整えていて正解だった。
ライラ様の「カピバラ」発言は想定外だったが。
「隊長が風呂で溺れているから助けて運んでくれ」
駆けつけた4人の隊員たちは
「隊長って泳げないんだっけか?」
「いや、秋に激流の川で熊とサケの取り合いしてたぞ」
「てことはライラ様に沈められたのか」
「すげーな、天使様は熊よりもボス猿よりも強いんだな」
と口々に言いながらマリエル様を運んでいったのだった。
【完】
恋する辺境伯 時岡継美 @tokitsugu
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