第19話
「……というわけで、こちらのドレスはなんとダイアナ様のお下がりなんです」
スカートを少しつまんで、うふふっと笑うライラ様は嬉しそうだ。
「ライラ様は、マリエル様が男性であることをご存じだったのですね?」
「もちろんですわ!」
ライラ様は、ふんすと胸を張る。
「わたくし、よく天然だとか、ちょっとアレだとか言われておりますけど、マリエル様と婚約していることは存じ上げておりましたし、女性同士で結婚できないことももちろん知っていますもの」
天然なのは間違いない……とは言わないほうがよさそうだ。
ここでライラ様がすっと大人びた表情になった。
「国防の要である国境警備隊の隊長をされていらっしゃるマリエル様には、いつも感謝しております。もちろん隊員のみなさまにも」
国境警備隊にとって、王都の貴族にそう言ってもらえるほど嬉しいことはない。
マリエル様もライラ様の口からこれを聞いたら、さぞや喜ばれるだろう。
いや、死ぬかもしれないな。
「そんな立派な方の生涯の伴侶になれるだなんて、こんな幸せなことはございません」
頬をほんのりと染めて恥じらいながらそう付け加えたライラ様の可愛らしさといったらない。
これは我が主の死亡が確定したな。
そう思いながら、一体いつからマリエル様が男性だと知っていたのかと尋ねた。
「いつからとは……? 物心ついた時からずっとですけれど」
ライラ様はこてんと首を傾げている。
いやいや、そんなはずはないだろう。
両家の協議と申し合わせは何だったんだ!?
戸惑いながら発端となった「お姫様の絵」のことを説明した。
「あれぐらいの年頃の女の子は、人間をすべてお姫様風に描くものですのよ。あの頃は、おじい様のこともお父様のことも、もれなくお姫様のように描いておりましたわ」
やわらかそうな頬に人差し指をあてて、それがどうしたといわんばかりの口調でライラ様が言う。
なるほど、すでにあの時点で騙されていたのか。
あのタヌキどもめ。
「それでは、マリエル様が女性のフリをして書かれていた手紙がさぞ滑稽だったでしょうね」
つい声が低くなってしまった。
するとライラ様は「女性のフリ……?」と今度は反対側に首を傾げる。
そしてしばし考え込んだ後に、何かに気づいたように顔をまっすぐ戻した。
「ああ! あの言葉遣いはそういうことだったんですのね!?」
ライラ様の反応を見て「あ!」と、わかった気がした。
元々マリエル様はライラ様宛ての手紙を誰にも見せずに送っていた。恥ずかしいからという理由だった。
女性言葉で書いた婚約者宛ての文面を誰にも読まれたくないという気持ちはよくわかっていたから、中身を確認したことはない。
グラーツィ伯爵家ではライラ様に未開封のまま渡していたか否かは定かではないが。
もしもマリエル様があのへんてこなオネエ言葉を手紙でも使っていたのだとしたら……。
痛み始めたこめかみを押さえる。
「まさかとは思うんですが、ライラ様のおっしゃるあの言葉遣いとは例えば『うるせえですの』とか『やべえですわ』とかでしょうか」
するとライラ様はポンと手を叩いて笑った。
「まさにそれですわ!」
ライラ様によれば、手紙に書かれた奇妙な言葉遣いを、辺境の方言のようなものだと思っていたらしい。
グラーツィ伯爵家のほかの面々の思惑はともかく、ライラ様だけはマリエル様のことを素直に受け入れてくれていたことに感動してしまう。
「お会いしたくてたまらなかったマリエル様のお姿を拝見して、わたくし思わず飛びついてしまいました。はしたないって思われていたらどうしましょう」
ライラ様がしゅんとしている。
「ご安心ください、そのようには思っていないはずです」
なんせ、あなたの可愛らしさに瞬殺されてしまいましたから――。
そこまで言う代わりに、しゅんとしているライラ様を褒めて差し上げることにした。
「ライラ様の行動力には良い意味で驚かされてばかりです」
我が主に会いたいがために周囲に嘘を吐いてまでここまでやって来ようとしたこと、そして、顔を合わせるや否やいきなり抱き着いたこと。
あのボス猿のような体にダイブできるような勇気のあるご令嬢はなかなかいないだろう。
「マリエル様の体は相当硬かったのでは?」
ライラ様はまた手をポンと叩いた。
「そうなんです! 普段は枕でイメージトレーニングしておりましたので、あの硬さは誤算でしたわ!」
「ええっと……枕でイメトレとは?」
ライラ様によれば、いつかマリエル様に会える日が来たらきっと嬉しさの余り上手く喋れないだろうから、その胸に飛び込んで喜びを伝えようと決めていたんだとか。毎晩メイドが下がった後にベッドの枕を積み重ねてそれをマリエル様に見立て、イメージトレーニングを重ねていたらしい。
「おかげさまで本番も、助走、踏切り足、タイミング、角度、全てにおいてバッチリでしたの!」
得意げにふんすと胸を張るライラ様の可愛らしさに、思わず自分まで胸を押さえそうになったことは、絶対にマリエル様には内緒だ。
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