第17話 (ライラSide)

 やっと会える。

 やっとマリエル様に会えるのね!


 はやる気持ちを抑えて小さく深呼吸すると、傍らに立つ男性に目配せして執務室の扉を開けるよう促した。

 ゆっくりと扉が開いて、正面に軍服姿の男性たちがズラっと立っているのが見える。

 その中央に立つ、ひときわ立派な体躯の凛々しい男性がわたしの婚約者であるマリエル様だ。


 なんてかっこいいのかしらっ!

 濃紺の軍服がよくお似合いだわ。


「マリエル様!!」

 後先考えずに衝動的に駆け出した。

 だって、やっと会えたんですもの。許してもらえるわよね?


 抱き着いたのはさすがにやりすぎだったかもしれない。

 でも仕方ないわ、体が勝手に動いてしまったんですもの。この日のために毎晩イメージトレーニングをしていた成果が自然と出てしまったのね。

 助走もジャンプの踏切のタイミングもバッチリだったわ!


 誤算だったのはマリエル様の体がまるで鋼のように硬かったことだ。

 鼻を強かにぶつけてしまった。

 でも、そんなわたくしをいたわるようにマリエル様がわたしの背中と腰に腕を回して……なんて大胆なことをなさるのかしら。みなさんが見ていらっしゃるというのに!


 そう思っていたら、ふわっとした感覚と共に視界が大きく動いて……「ぐえっ!」という声が聞こえた。

 どういうわけかマリエル様が後ろ向きに倒れて、それを両脇にいた隊員さんが下敷きになって庇ってくれたようだった。


 まあ、身を挺して隊長をお守りするだなんて素敵だわ。慕われていらっしゃるのね!

 ところがマリエル様のご様子がおかしかった。

「マリエル様? どうなさったのですか?」

 マリエル様は目を開いているものの反応がない。試しに頬を軽くぺちぺち叩いてみたけれどピクリとも動かない。


 どうしましょう! 死んでるわ!


 

 マリエル様を殺した犯人は、もしかしてわたくし!? と青ざめていると、後ろから「失礼します」という声が聞こえて、ひょいっと抱えられて立たされた。

 見上げるとそこにいたのは、先ほどここの扉を開けてくれた栗毛の男性だった。

 わたくしの予想が間違っていなければ、おそらくこの人がマリエル様のお手紙にたびたび登場する側近のカーク様のはずだ。


「マリエル様をベッドまでお運びするように。2人でいけるか? いや4人か」

 隊員たちに指示を出したカーク様が、にこやかな顔をこちらに向ける。

「ライラ様、お怪我はございませんか」


「はい。マリエル様がしっかり守ってくださいましたので……あの、マリエル様は……?」

「大丈夫ですよ。これぐらいでどうこうなるお方ではございません。少々、驚いてしまわれただけです」


 まあ!

 驚きの余りバタっと倒れて失神する子ヤギがいると聞いたことがあるわ。

 マリエル様にはそんな可愛らしい一面もおありなのね。素敵っ!


 わたくしが感動しているうちに、隊員たちがマリエル様を「せーの!」という掛け声とともに持ち上げた。

 その場に立ったままお見送りしていると、執務室を出た隊員たちの声が聞こえてきた。


「すげえなあ。隊長を押し倒すだなんて」

「さらに馬乗りになってビンタかましてたぞ。やるなあ!」


 やだ、おてんばなことがバレてしまったわ!

 

 隣に立つカーク様を見上げると、明らかに口元がニヨニヨしている。

 わたくしは急に恥ずかしくなってしまい、両手で顔を覆ったのだった。


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る