第15話
麓の街に到着すると、パール服飾店の店主の身柄を確保したという報告を受けた。
ライラ様の馬車はまだ到着していないようだ。
そのまま辺境伯家まで馬車を走らせ、待機していた隊員たちに犯罪者たちを地下牢に拘留するよう指示を出した。
荷台からまず姿を現した隊長の姿に皆がギョッとしていたのは言うまでもない。
賊を捕まえるために荷台からダイブした時だろうか、巻きスカートの布は裂け、銀髪のウィッグもぐちゃぐちゃだ。
汗をかいたせいで化粧も滲んでしまい、もはやオバケのような姿だったのだ。
この姿とあの奇妙なオネエ言葉でここまで説教され続けてきた男たちが気の毒になってしまった。
しかし取り調べはしっかりさせてもらう。
タイミングの悪いことにその時、ライラ様の乗った馬車が麓の街に到着し、騎馬隊に護衛されながらこちらへ向かっているという一報がもたらされた。
もう女装し直している時間がない。
マリエル様を窺ったが、顔がオバケすぎて表情が読めない。
「着替える。カーク、手伝ってくれ」
「かしこまりました」
大股で屋敷の中へと入る我が主の後ろ姿を追った。
化粧を落とすためメイドに乳液を借り、それをガーゼに含ませてマリエル様の顔を拭った。
そして苦戦しながらウィッグを外していると、小さなため息が聞こえた。
「痛いですよね、申し訳ありません。なにぶんこういう作業は不慣れですから……」
「いや、そうではない」
マリエル様は再びため息をついた。
「あの男、見覚えがある」
最後に合流した初老の男のことだろう。左頬に大きなほくろのある顔が印象的で何度か見かけた記憶がある。
「……男のひとりはおそらく、グラーツィ伯爵家の関係者でしょうね」
マリエル様も頷く。
「そうだ」
あの男を見かけたのはいずれもライラ様の周辺だ。
年に一、二度、柱の陰から彼女を覗き見していたマリエル様も、あの男の存在に気づいていたらしい。
グラーツィ伯爵家は先代が前国王の宰相、現当主でライラ様の父親はいま外務大臣を務めているエリート家系であり、足元をすくわれないようライラ様の周囲にも厳重な護衛体制を敷いている。
だからあの男が何年も前からライラ様の動向を探るためにつきまとっていたとは考えにくい。あの男もグラーツィ伯爵家側の人間だと考えるのが妥当だ。
おかしいと思っていたんだ。
いくらライラ様と姉が画策したお忍び訪問だったとしても、彼女の周囲には彼女が気づいていない護衛が大勢ついているはずで、その全てを出し抜いてここまでたどり着くことができるのだろうかと。
つまり、ライラ様をかどわかすという企みは、彼女の可愛らしい計略を逆手に取ったグラーツィ伯爵家の自作自演だったということだ。
もちろん、いま地下牢に閉じ込めてある男たちには後でしっかり尋問して答え合わせをするつもりだけれど。
「伯爵家の目的は何でしょうね」
親に隠し事をしたら怖い目に遭うんだぞというお仕置きにしてはやることが大掛かりすぎる。
「婚約解消だろうな」
椅子に腰かけるマリエル様の背中が丸くなった。
誘拐事件に巻き込まれる、あるいは未遂であっても、そんな物騒な土地に娘を嫁にはやれん! という難癖をつけたかったのだろうか。
ようやくウィッグを外し終えぐちゃぐちゃになった赤褐色の髪を櫛でといていると、ライラ様の馬車の到着が告げられた。
「どうなさいますか?」
服装はシルクシャツに黒いトラウザーズだ。
「構わん、このまま出迎える」
手櫛で髪を整えながら我が主が立ち上がる。
何も言えないまま、その後ろについて再び屋敷の玄関へ向かったのだった。
いつの間にか日が落ちて、外が夕闇に包まれていた。
屋敷の前に1台の馬車が停まっている。
玄関の前にはすでに隊員と使用人たちが並び、馬車からライラ様が降りて来るのを待ち構えていた。
遅れて到着したマリエル様がその列の中心に立ち、馬車の扉が開くのを待っていたのだがその気配がない。
迎えに来いということなのかと執事が足を踏み出した時、馬車の窓が開いた。
暗くてよくわからないが、どうやらライラ様ではなくメイドのようだ。
そのメイドがうちの執事と何か会話を交わし、執事が慌てた様子で引き返してきた。
「ライラ様が、馬車を降りたくない、マリエル様とは会えないとおっしゃっているようです」
我々に衝撃が走る。
教育の行き届いた使用人たちですらざわつくほどの事態だ。
向こうから「会いたい」と言ってきて押しかけて来たはずなのに、この期に及んで「会えない」とはどういうことなのか。
するとマリエル様が踵を返した。
「今日はお疲れなのだろう。馬も疲れているだろうし、この時間から引き返すのも危険だ。気は進まないだろうが今宵は我が屋敷に泊まっていただくほかないとお伝えしろ。食事も客室へ運ぶように」
声が明らかに落胆している。
「かしこまりました」
執事がそれを馬車へと伝えに行く。
それを見届けることなく我が主は屋敷の中に入って行ったのだった。
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