第6話

 浮かび上がった薄茶色の文字を読んだマリエル様の顔が一瞬にして青ざめる。

「マズい……今日は何日だ?」

「3日です」


「あと2日しかない……」

 マリエル様の手がわなわなと震え出し、便箋が滑り落ちた。


 我が主のただならぬ様子に戸惑いながらその便箋を拾い、あぶりだした文字を目で追った。



 マリエル様にお会いしたいとお父様やおじい様に何度訴えてもなかなか良い返事がもらえません。

 そこで、わたくしの一番の理解者であるお姉様がひと肌脱いでくれることになりましたのよ。

 姉の嫁ぎ先にしばらく滞在するフリをしてそちらへ遊びに行きますわ。

 もちろんごく少数の協力者を除いて家の者には内緒です。

 そちらには5日ごろ到着予定です。

 お会いできたらマリエル様に謝罪したいことがございます。

 会えますように。


 

 予定通りであれば、明後日ここにライラ様がやって来る!?

「困りましたね……」

 声が震える。


 辺境だから王都からの客人を迎える作法や準備が整わないという心配は一切ない。

 前当主夫妻、つまりマリエル様のご両親を訪ねる客人は年に数回やって来るし、なんせ王都から距離があるため予想外に早く着いてしまったとか、先触れが届いた数時間後に本人が到着してしまったという不測の事態もままあるため、モンザーク辺境伯家の使用人たちには常にその心構えと用意がある。

 

 現在隣国との紛争等はなく平和そのものであるため、仕事といえば日々の訓練と警戒のみだ。

 だからマリエル様が仕事を調整してライラ様の相手をするための時間を作るのは容易ではあるのだが……。


 こういう時に頼りになりそうなマリエル様の母、ダイアナ様は大旦那様と共に旅行中で不在だ。

 そしてそんなことよりももっと大きな問題は、ついに文通相手であるマリエル様の正体が「優しいお姉様」ではなく「ボス猿」であることがバレてしまうということだ。


「マリエル様は大旦那様の旅行に同行されていて不在ということにしましょうか」

 震える手で頭を掻きむしっていたマリエル様が顔を上げる。

「いや、会えなかったとなるとライラ嬢が気の毒だ。何を謝罪したいのかは知らんが家族に嘘を吐いてまで、そんな覚悟をしてまで会いに来ようとしてくれているんだぞ。あのか弱い子が!」


 それはそうなんですけどね……。

 ボス猿と対峙する覚悟はしていないと思いますよ?


 

「こうなったら、女のフリをするしかない」

 マリエル様がとんでもないことを言い出した。

 

「無理です! 絶対に無理ですって!」

 ボス猿が女装なんてしてみろ。気色悪すぎて普段マリエル様のことを見慣れているはずのメイドの中にも卒倒者が出るかもしれない。


「いいや、そんなことはない! 諦めるな! どうにかしろっ!」

 こういう時、言い出したら聞かない頑固な性格が本当に厄介だ。

「どうにかするったって、あなた自分の体の大きさわかっているんですか? あなたに合うドレスなんてあるわけないでしょうが!」

 山を下りれば街に服飾店があるが、たったの2日でドレスを仕立てるのは無理があるだろう。

 こんな大男のドレスだなんて布がどれだけ必要なんだろうか。

 いや、そういう問題ではなく、女装したボス猿なんて絶対に見たくないっ!

 

「それでもどうにかしろ~~~っ!」

 屋敷の全ての窓が震えるような怒号が響き渡ったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る