第2話

 拝啓 マリエル様

 先日は四葉のクローバーを送ってくださり、ありがとうございました。

 そちらには四葉のクローバーがこんなにもたくさん生息しているのでしょうか。

 王都ではめったに見つからないことからラッキーアイテムとして扱われているんですよ。

 わたくしも早速、お母様を通して職人に依頼しまして小さな額に入れて飾ったり、しおりにしてもらいましたの。

 その栞を1枚同封いたしますね。

 マリエル様にも幸運が訪れますように。

 栞が折れないよう厳重にくるみましたので、今回のお手紙が分厚くなってしまったことをご容赦くださいませ。

 ライラより


「くっ……」

 ライラ様からの手紙を読み終えたマリエル様が眉間にしわを寄せて胸を押さえた。

「大丈夫ですか?」

 顔を覗き込みながら一応確認してみる。

「大丈夫か大丈夫じゃないかと言ったら、大丈夫ではない。死ぬかもしれない。ライラ嬢の可愛らしい手紙が俺の胸を突き刺して……」


 心の中で「はいはい」と返事をする。

 あなたの胸板は分厚いので可愛らしい文字がチクチク攻撃してきたところで、くすぐったいだけですよね。

 そこからは無表情でマリエル様の言葉を右から左へ聞き流す。

 こんなにペラペラ喋れるのなら体調に問題はないだろう。

 

 我が主、マリエル・モンザークは、モンザーク辺境伯家の若き当主であり国境警備隊の隊長でもある。

 女っぽい名前とは裏腹に見た目は大柄なボス猿で、国境警備任務にはうってつけの人材である。

 なんせ「あの砦には大剣を振り回すとんでもなく狂暴なボス猿がいる」と国境を接する隣国から怖れられ「辺境のボス猿」と呼ばれているのだから。


「カーク、開けてくれ」

 大きく深呼吸して息を整えたマリエル様が皮布で厳重にくるまれた何かを武骨な指で摘まんでいる。

 婚約者のライラ様から送られてきた手紙に同封されていた物だ。

「ご自身で開けないのですか?」

「乱暴に開けたら壊してしまうかもしれんだろうが」


 じゃあ丁寧に開ければいいでしょうがと思いつつ、そのぶっとい指じゃ無理か、とも思う。

 机の上で皮布を丁寧に開くと、中からなんとも可愛らしい栞が出て来た。

 マリエル様が贈った四葉のクローバーのほかにスミレだろうか、紫色の押し花も添えて一緒に台紙に貼り付けてあった。

 ボロボロにならないようその台紙の表面は透明の樹脂で塗り固められ、栞の役目を果たせるよう細工してある。


「触っても大丈夫だろうか」

「本に挟んで使用する道具なんですから大丈夫に決まっているでしょうに」

 

 まるで壊れやすいガラス細工でも扱うように、マリエル様は息を殺しながらその太い指でそっと栞を摘まみ上げた。

 じーっと見つめた後、またそっと皮布の上に戻してほうっと息を吐く。

「紫……これは、ライラ嬢の瞳の色だな」

 ボス猿が耳まで真っ赤に染まった顔を両手で覆って身悶える様子はなんとも薄気味悪い。


 自分の瞳と同色の物を異性に贈る時、そこには「私はあなたのものです」「いつもあなたのおそばにいます」という意味が込められているのが一般的だが、ライラ様がそこまでの意図をもってスミレをチョイスしたか否かは正直不明だ。


「よしっ! この栞は家宝にする!」

 はいはい、と心の中で返事をしておいた。

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