赤い薔薇

齊藤 涼(saito ryo)

第1話

視界が赤色に染まる

滴る液体の音だけが鼓膜を震わせた

血溜まりの中に膝をつき

横たわる彼女の頬に触れる

自慢の妻だった


相席になった喫茶店で

宙で止まった珈琲

文字の世界に引き込まれた

鼻梁の通った凛とした表情

彼女の横顔に胸が締め付けられた


道端に生える草花を愛で

屈強な男にも立ちはだかる

強く優しい心

些細なことに気がつく

美しく聡明な女性


愛おしいこの気持ちを

表現するために

努力を惜しまなかったが

いつまで待っていても

彼女の心がこちらに傾くことはなかった


いつもより早く仕事が終わり

薔薇の花を抱え帰宅した私の瞳に映ったのは

体を重ねる妻と妹の姿

網膜に焼き付いた

裏切りの瞬間


彼女の笑い声が心を抉る

私と話す時に見たことがないほどの

溌剌とした笑顔

睦あう声が遠くにまで響く

耳を塞いでも頭にこびりついて離れない


握りしめた薔薇の棘が掌に刺さり

血が滲み滴り落ちた

地面に染み込む愛だったもの

何かが粉々に砕け散った音がした


目の前に広がる絶望が

こちらに微笑みかけている

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