少女借りちゃいますね!

minonライル

プロローグ

「——君は?」

 崩壊した街。どうして、ここに、俺はいるのだろう。

 俺の数メートル先には、膝くらいまである長い黒髪。フランス人形のような、可憐な顔立ち。だけど、その表情はぴくりとも動いていない。

「…………」

 ただ、無言で、ジッと俺のことを見ている。

「というか、ここどこなんだ?」

 俺はその少女に近づくため、ゆっくりと右足を出した。

「………ッ」

 すると、その少女が少し後ろに下がった気がした。

「……なあ、君は、誰なんだ?」

 呼びかけるようにしてそう言う。だが、その少女は一向に表情を動かさない。

「君は、ここの住人だったのか?」

 見ると、その少女が着ている黒い服は、所々穴が開いていたり、さらには靴を履いていなかった。その黒く汚れた裸足で、瓦礫の上を歩いていたのだろう。

「……答えてくれ」

「…………?」

 俺がそう言うと、その少女はわずかに首を傾けた。

 それを見て、俺はもう一度一歩前に進む。

「………」

 今度は動かなかった。その場にいる。

 ——近づくことが、できるかもしれない。

 そう思った俺は、ゆっくりと、小動物を怯えさせないような感じで、前に進む。

「なぁ、ここはどこなんだ?君は、誰なんだ?」

 やっとの思いで、その少女の目の前に来た。

 ほんとに、1メートル無いくらいの距離まで。

「……ぁ」

 と、その少女が俺と視線が合った瞬間、一瞬だが、声を漏らすような音が聞こえた。

「…………」

 無言で、俺のことを見続ける少女。その瞳は、少し潤んでいるように見えた。

「大丈夫か?」

「……ッ?」

 俺は無意識で、その少女の両肩に触れた。その瞬間、ビクッと肩を震わせる少女。

「ぅあ……ダメ……はな、れて……」

 小刻みに震えながら、小さいか細い声で呟いた。

「離れるって……どうして」

「わ、わたしの、まわり、いたら……しん、じゃう」

「えっ?」

 どういうことだろう。なぜこの子のそばにいたらダメなのだろう。

 少し疑問に首を傾げながら、俯きそうになった少女の顔に、軽く手を当てる。

「……冷たい」

 まるで、氷を触ったかのように、その頬は——冷たかった。

 少女らしいぷにぷにとした柔らかな感触はあるものの、その体温は——人間とは思えないほど、冷たいものだった。

「……君は、一体……」

 俺は、もう一度その少女に尋ねた。

「わ、わた、し……にんげん、じゃ、ない」

 小刻みに震えながら、か細い声でそう呟いた。まるで、小動物のように。

「人間じゃないのか君は……」

「だ、から……はな、れないと、いつ、ぼ、うそう、するか、わかん、ないから……ッ」

「暴走って……それよりも、聞きたいことがあるんだ。さっきも言ったけど、ここはなんなんだ?」

 少女の、その潤んだ瞳を見ながら、そう言う。

 少女は少しの間黙っていたが、やがてその柔らかそうな唇を開いた。


「——ここは、あなたが、すんでる、せかいじゃ、ない。わすれ、さられた、はいになった、せかい、なの」


 所々言葉を切ってそう言い切った少女。

「俺が住んでいる世界じゃ、ないだと?……灰になった世界」

 ブツブツと呟きながら、もう一度周りを見てみる。

 以前まで建っていたと思われる建造物などは、ほとんど崩壊し、そのバラバラになったものが、ゴミのように地面に積もっている。俺たちが立っている場所だってそうだ。地面なのかよくわからないモノの上に、俺と、その少女は立っている。

 周りを見渡す限り、人間らしきものは一人も見当たらない。

 ——ここにいるのは、俺と、人間じゃないという、得体のしれない少女だけ。

「……あなたは、ここに、きちゃ、ダメな、んだよ……ッ」

「えっ?」

「だから――きえて」

 少女はそう言った途端、右手を俺の胸に強く押し当てた。

 その瞬間、俺の体は空中に浮きあがり、ものすごいスピードで後方へと飛ばされていった。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

少女借りちゃいますね! minonライル @minon13

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画