第66話 『悪役』とアピール戦

 朝食を食べようと思ったらフルル先生を待たなければいけないことに気がついて、素直に待っていたら1時間の時が経過していた。


 さっきからテーブル確保して座っていると嫌な顔されながら目の前を通り過ぎていく生徒が多すぎて普通にげんなりする。『ボッチで飯食うならさっさと食えよ邪魔なんだよ』とか聞こえるが、だったら俺の隣でも良いから食えば良いだろ……


 まあ、そんな小言を聞いても恨みや怒りが湧いてこないのはきっとシアン姫達がいるからなんだろうな、なんて。


 そんな事を考えつつ針のむしろな状態で耐えていると、やっとシアン姫達が食堂に駆け込んできた。俺の周りに人が近付かないせいで俺の所だけぽっかり穴が開いているのが逆に幸いしたのか、すぐに俺を見つけて近寄ってくる。


 実際に会うと、俺が思っていたことが途端に恥ずかしくなって、照れ隠しにフルル先生を弄るのだった。ごめんなさい……でも『あーん』はします。




 和気藹々(一部死んだ目をしていた)と朝食を食べた後、訓練場に行くといつもより生徒の数が多くひしめき合っていた。なんだこれ?


 こんなイベントあったかな……と俺が首をかしげていると、剣技の先生がパンパンと手を鳴らして生徒の注目を集める。


「今週の末になるが、戦闘訓練の講義をする!戦闘訓練は自由参加になるが、参加する者は剣技の講義を取っている生徒と魔法学の講義を取っている生徒がパーティーとなるからな。この前グループを組んだだろう?その中で模擬戦を今日はしてもらう!」


 明日は魔法学の生徒達の戦いを見て、お互いにどのグループとパーティーを組むか選ぶ……言わばアピール戦だ!と先生が拳を突き上げながら俺たちにそう言った。


 あぁ、戦闘訓練の講義に関してのイベントか。戦闘訓練の講義を受ける生徒達は2週間に1度、『迷いの森』を始めとするフィールドに行ってモンスターを倒す課題が与えられる。


 そのモンスターのドロップ品を指定数集めてこい、と言うのが戦闘訓練の主な講義内容となる。ゲーム内では授業中にレベル上げが出来る!とヒロイン攻略そっちのけで出来る限り取ろうとして爆死したプレイヤーが多数存在していたっけ。


 ちなみにこのアピール戦というのは本来ゲームではカットされているイベントだ、主人公補正で基本的に魔法学の生徒を誰でも指名できるからな。


「あっ、そういえばもう来ましたか『戦闘訓練』の講義。みなさんは……」

「もちろん参加に決まってますよ」

「ん、ユノも」

「拙者もじゃ」


 シアン姫の言葉に俺たちは同意する。剣技の講義を受けている生徒達もやる気十分だ、まあ多分『魔法学』を取っている生徒に女子が多いから女の子に良いところを見せようとしている思春期特有のアレだと思うが。


 そして始まるいつも通りの剣技の講義、いつもと違うのは魔法学の生徒というギャラリーがいるということか。

 といっても俺たちがやることは変わらない、いつも通りの模擬戦だ。


「まずはユノから」

「分かってるよ、ナイフの新調だったか。扱いは慣れてるか?」

「……ナイフ自体は」


 ユノは両手にナイフを持って構えるが……そのナイフはユノの方に内側に曲がっている、『ククリナイフ』か!


「行く」


 ユノの姿がかき消える。が、今の俺には殺気の場所で何処に居るかは見えているぞ!1……2……3秒!そこだ!

 ユノが現れるであろうポイントにシミターを置く、その瞬間……殺気が消えた!?


 突然殺気が消えて思考にノイズが走る、それを見逃さないユノは俺の背後から首筋に向かってククリナイフを突きささんとばかりに鋭く刺突を繰り出した!


「後ろかっ!」

「っ……」


 ユノが突き刺すその瞬間、背後に殺気を感じた俺はその感覚を信じて前に倒れるように回避。追撃を許さないように地面に手をつきながら両足で蹴りを放つが空を切る……ッチ、当たらなかったか。


 それにしても……俺は体勢を整えつつ冷や汗を流す。ユノが曲がりなりにも殺気を消してきた?


 まだ一瞬だけだが、それだけでもユノの《首狩り》の攻略難易度は跳ね上がる。しかも現れる直前に殺気を消されるので、『ここだ』と思ったその思考自体がノイズに変わって次の行動が遅れる!


 ユノ……明らかに休日の前から進化してやがる。


「避けられた」

「ほぼ直感だ、ユノが完全に殺気を消していたら分からなかった……どうやったんだ?」

「……秘密」


 ぷいっと顔を背けて教えてくれないユノ。殺気を消すってどうやったんだ?


「消すのは無理だから、無くしてみた」

「無くす?」

「これ以上は、教えない」


 言葉を切って、再び攻めてくるユノ。殺気が消えたり現れたりと戦いにくい、音を聞こうにも周りの歓声や剣戟がうるさくてユノの足音がかき消える!


 無くす……無くすってなんだ?殺気を無くした攻撃なんて、それこそただのブラフだろ?

 いや違う、思い込みで止まるような思考なんて一からやり直せ!


 俺は攻撃の直前にだけ現れる殺気だけを感じ取って転がるように回避しながら、俺は根本的な思考をやり直す。


 殺気が消えるのは《首狩り》の効果が消える直前だった……そこまでのユノの行動を思い返せ。


 『構えて』『近付いて』『突く』……そうか、ユノの攻撃と一言考えてもその中には様々な動作モーションが存在する!

 この3つの要素の『近付く』という行動に対してだけ、殺気を無くしたから結果的に『殺気を無くした攻撃』が出来たのか!


 どうやって殺気を無くすかは分からないが、カラクリは分かった。ならまずは分かったことに対しての対処法を思考しろ……ッ!


 逆手に持って喉の気道や頸動脈、肝臓、大腿動脈といった致命傷を狙って繰り出される突きをシミターで弾きながらユノをジッと見つめる。

 手の動作、足運び、その全てを見て隙を見つけ出す!


「……見すぎ」

「そうでもしないと、ユノを見逃してしまいそうなんでな」

「……馬鹿」


 ユノに罵られながら、俺は顔面に向かって突いてきたナイフを躱した。さあ、どうする?

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