第63話 武士と『悪役』

「話し合いは終わりか?俺もランニング終わったしやれるぞ」

「う、うむ……」


 ランニングを終えて薄く汗をかいたタイタン殿が、拙者と対峙し湾刀を抜く。拙者も刀を鞘に納めたまま腰を深く落とし、その姿勢のままタイタン殿に聞いた。


「この朝練は『なんでもあり』なのかの?」

「ん?まあな、だが《パラライズ》使うとみんなの練習にならないから俺は自主的に縛っている」

「そうか……」


 タイタン殿のその言葉にホッとしたあと……拙者は反射的にそう思った事に驚いた。


 ホッとする?拙者は強き者と試合しあうことを楽しみにしておったはず、その拙者が『縛りをもうけられて安堵あんどした』じゃと?


 ははっ……そうか、そうか。拙者は――


「行くぞ、修羅よ」

「修羅の次は鬼かよ。鬼も嫌なんだが……」


 あくまで自分が打ち合えること、そのものが慢心だったのじゃな。先程のフルル先生殿の話を思い出して拙者は身体が震える……自身が死ぬかもしれぬ事への恐怖か、それとも遂に全力を出しても敵わぬ人に出会えた事への歓喜か。


 拙者の気持ちはどちらか、この太刀と共にぶつけさせてもらおうかッ!


 拙者の刀は2尺と5寸、この刃と腕の長さが合わさった距離が拙者の《抜刀》の間合い……ッ!


「1.5メートル」

「っ」

「お前から半径1.5メートルのエリアに殺気を感じる、そこがお前の《抜刀》の間合いだな?」


 見破られておるのか!?拙者は無理矢理間合いに入ろうと前に駆け出すが、タイタン殿は決して間合いに入らせぬとばかりに右へ左へと細やかな足捌きで拙者と一定の距離を取っていた。


 脳裏には無数の選択肢が思い浮かぶが、その全てが『拙者の敗北』という結果で返ってくる。


 もし魔法ありきの死合しあいならば、今この状態で拙者が既に死んでいるという事実に……拙者は酷く興奮した。


 あぁ、あぁ!なんてなのじゃ。勝てぬ、勝てぬぞ!?どう攻めてもやなぎのように躱され、タイタン殿の湾刀固い棒に激しく蹂躙じゅうりんされる!


「流石じゃの」

「どうした、鬼ごっこは終わりか?」

「うむ、これでは『拙者の負け』という事実は変わらんからの」


 拙者は《抜刀》の構えを解いて素直に刀を鞘から抜く、本当に……ぞくぞくするほど強いのぉ。


 タイタン殿は拙者が刀を抜いたのを見た瞬間、2尺5寸の間合いを潰すように駆けてくる!先週の『待ち』の型とは違う、『攻め』の型。じゃが……!


「刀を振る速度なら拙者の方が速いぞ!」

「だったら試してみるか!?はああああ!」

「っ、拙者よりも!?」


 先週の直剣より数段速い振りが拙者に襲いかかって来おった、拙者は刀をタイタン殿ではなく彼の持つ湾刀にぶつけるように振る……っ!


 何とか間に合って拙者の刀とタイタン殿の湾刀がぶつかり合う、がそれも一瞬で拙者の刀は湾刀の曲線に合わせるように滑っていく!『攻め型の受け流し』がタイタン殿の狙いかッ!


 拙者は強引に刀を引く。これが試合しあいと力を抜いていて良かった、殺そうと力を入れておったら『手首を返して高速で迫ってくるタイタン殿の第二撃』に反撃の手段が無かったからの!


「まだじゃッ!」

「ッ、柄で!?」


 刀身は下がっており、返しておったら間に合わぬ、なればこのまま引いて柄で受けるのみ!

 タイタン殿の湾刀を、柄の底で強引に弾いた拙者は距離を取ろうと後ろに下がる……がタイタン殿はそれを許さず更に距離を潰してきおった!


「ここで更に距離を詰めてくるとは、そんなに拙者と離れるのが寂しいのかのう!?」

「うるせぇ、これが一番合理的だっただけだ!」

「全くもってその通りじゃな!」


 拙者が『受け』の手に回されている上、拙者の受け手の弱さを的確に突きおるのタイタン殿。これが『出来損ない』じゃと?馬鹿言え、これほどまでに最高の指導者が他におるか!


 拙者の予想など児戯に等しかった、拙者の腕など幼稚に過ぎなかった!全くもって……覚悟が足りんかった!


 『投資』をしたことを後悔させるとタイタン殿は言っておったが、確かに後悔しておる。この男、成長速度が途轍もなく速いッ!


 拙者はタイタン殿と打ち合いながら笑う、その最中さなかにタイタン殿へ押し返すような蹴りを放った。

 今まで刀のみでの攻撃をしていた拙者がいきなり身体を使った攻撃をしてきて驚いたのか、タイタン殿は拙者の蹴りを食らって距離が離れる。


「~~っ!お主はどこまで凄いのじゃ、『投資』を後悔はしておらぬがこの成長速度はすさまじいという他ならぬ!」

「何が凄いだ、俺は一回目の打ち合いで勝てると思っていたんだが」

「ならばそれが最大の油断……だったという事じゃな」


 拙者が負けた時に言われたことを、そのままタイタン殿に返す。拙者と違うのは、その油断をしておっても拙者に反撃の手を打たせない手腕じゃな……


「確かにな……っ、俺の負けだ」

「ぬっ?拙者はまだお主に一合たりとも当てておらぬが!?」

「体力の限界なんだよ、これ以上ヒサメと戦ってたら勝てるのは勝てるかもしれんが今日一日バテバテになる」


 そういってドカリと地面に座り込むタイタン殿、よく見れば滝のように汗が出ておった。打ち合っている時も常に全身を使って攻めておったから体力の消耗が激しいのであろうな……


 拙者は自身の手を見ながら先の戦いを振り返る、あのまま戦っていたら拙者は守りのつたなさを突かれ続け、体勢を崩した時に必殺の一撃を叩き込まれていたじゃろうな。


 うむうむ、やはりタイタン殿は強いのぉ……倭の国に持って帰りたいのじゃがダメじゃろうか?


「本当にタイタン殿の課題は体力以外に無いの、打ち合っていてヒヤリとすることばかりじゃ」

「いや、自分的には最初の受け流しからの反撃で決めきりたかった。剣技も荒いからその鍛錬も必要だな」


 現状に満足せずに鍛錬を続けること、それ即ち強き者なり……父上の言葉じゃが、まさにその通りじゃとタイタン殿を見て思う。


 強き者は周りに敵がいなくなり、その現状に満足した者は自然に鍛錬をやめてしまう……なればその強き者は強き者でなくなるということ。


 拙者も向かうところ敵無しといった環境で『カグラザカ学園』に入学した故に、慢心を抱えておった、それをタイタン殿に攻められ……負けた。


 拙者にタイタン殿はもう一度強き者になるための機会を作ってくれたのじゃ、拙者もこの『勝利』に満足してはいかぬな!


「拙者の方はどうじゃった?自分としては殺気を読まれたり、刀の振りが遅かったりと色々見えててどこから直せば良いのか分からなくての……」


 楽しい時間が過ぎていく、シアン殿とユノ殿が不満げにしておるが勘弁しておくれ。


 拙者にもタイタン殿を独り占めしたい欲はあるのじゃからの。それにしても、やはり戦っていて分かるタイタン殿の誠実さ……なんじゃ、身体の震えが恐怖のものかと一瞬でも思うた拙者が短慮というものなのかの。


 拙者の心は『離れとうない』と言っておるのだから、拙者はこの高鳴りに従うだけじゃよ。

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