第32話 『悪役』と怒り
ぐううううぅ……とお腹の音があたりに響く。俺がユノの方を見ると、ユノは目をそらしていた。
「腹減ったのか」
「へってない」
まだ麻痺が治ってないユノは、俺のズボンにしがみつきながらそう言った。そういやユノは苦学生だったな……俺も苦学生だけど。
ぐううううぅ……とまたお腹の音が。今度は俺のお腹の音だ……
「腹減ったの」
「あぁ、ここ2日で食べた飯はレバニラ炒めだけだ」
「贅沢」
あれは美味かったなぁ、鉄分を摂取するためのメニューだったけど毎日でも食べたいと思えるような美味さだった。
ダメだ、昼のレバニラ炒め考えてたらさらにお腹空いてきた。俺はユノを引き剥がそうとするが……しっかりとズボンを掴んで離さない。
「ユノ、離せ。俺は行かなければいけないところがあるんだ」
「やだ、殺す」
「早くしないと売却所が閉まっちまうんだよ……ッ!そうなりゃ俺は飯無しで腹空かせながら寝るはめになる!」
「貴族なのに、貧乏?」
あぁそうだよ!クソッたれな親のせいで自分で稼ぐしか無いんだ、だからさっさとズボンを離せえええ……
「ふっ、ざまあ」
「……貴様をこのままの状態で放置してもいいんだぞ?」
「それはやだ。ユノも売却所に用がある」
だから連れてって、とズボンにしがみつきながら言ってきたユノ。何が嬉しくてさっきまで殺そうとしてた奴を連れて行かなきゃならないんだよ……
ユノのジトーっとした目には覇気が無くなり、身体がだらんと弛緩していってる。マジで腹減って動けなくなりそうだなコイツ。
「連れてけ」
「やだ」
「連れてかないなら……シアン姫にあなたに襲われたって言う」
「さあ行こうかお嬢様ぁ!?売却所ですね、さっさと連れていくからマジでそれ言うんじゃねえよ!?」
馬鹿か!?エッチな事に厳しいシアン姫にそれ言ってみろ、俺が弁明する暇無く
俺はユノをお姫様抱っこの要領で抱え上げる。うわ軽っ、もっと飯食え……って、金が無いから食えないのか。
「かかった」
「警戒ぐらいしてるわボケ」
ユノが右手の袖からナイフを取り出して俺を刺そうとするが、俺がキツく右腕を抑える形で抱きかかえているのでナイフが俺の所に届かない。
「っち、次は殺す」
「落として良いか?」
「それはだめ。売却所いきたい」
「はぁ……ちゃんと連れて行ってやるから今日の所は諦めろ」
「むぅ」
不満そうに頬を膨らませるユノ。表情はピクリとも動かないのに、こういうところで感情を表現するところは素直に可愛いと思う。
だからといって『殺されてもいっかぁ』とはならないけどな?
俺はユノを抱えたまま売却所まで歩く。その間、ユノは静かに俺の腕の中で大人しくしていた。
歩く度に視界の端でゆっさゆっさと揺れているユノの胸が映るもんだから、そこに視線が行かないように我慢するのに必死だぜ……そういやこいつ、ブラ買う金無くてノーブラだったような。
「えっち」
「俺は何も見ていない」
「うるさい、見た。みんなに言う」
「物理的に殺す前に社会的に殺す気か貴様」
落としてやろうかこいつ。顔も良いし胸も大きいが、今のユノに手を出したら
焚きつけたのは俺だし仕方が無いが、自分から死亡フラグを立てに行くことになるとはな……ただでさえ多いと言うのに、これ以上増やしてどうするんだよ。
でも、俺は間違ったことはしていないと思えてる。自分が望んで、自分が思って、自分の怒りに従った。
はっ、俺もちょっとタイタンに近付いてきたか?なんてな。
「っと、着いたぞ」
「おろして」
「俺としては今すぐ降ろしてもしてもいいが、まだお前の足は麻痺ったままだぞ」
「じゃあ治して」
「俺は
「ぽんこつ」
……限界だ。俺はユノのその言葉を聞いた瞬間パッとユノを抱えていた手を離す。地面に尻餅をついたユノは自分のお尻をさすりながら恨みがましい目を向けてきた。
「痛い」
「あとは這いずってでもなんでも売却所でドロップ品売っとけ」
「怒ってる?」
「あ?当たり前だろ」
俺はユノの髪を乱暴に掴みあげる。貶されたから怒ってるんじゃない……ユノが自分の立場を分かっていないから怒っているんだ。
「ぐっ……」
前髪を乱暴に捕まれたユノが小さく
「貴様は俺に負けたのだ。俺に対して吐く暴言や侮蔑の言葉は全て自分に返ってくると思え」
「うっ……」
「ポンコツ?貴様は自分の
貴様がやるべき事は殺したいほどに憎んでいる貴族に助けられている今の状況を恥じる事なんだよ、と俺は吐き捨てる。
「えっちだのポンコツだの言って、自分が敵わなかった事を棚上げして。自分が持っている怒り発散したくて言葉で俺にぶつける……馬鹿か、それは貴様の怒りだ、俺じゃなく自分のために使え」
「…………」
「降ろしてだの治してだの自分の
そういってユノの髪を離す。いつまで
「強くなるためにあらゆる努力をしろ、あらゆる可能性を模索しろ。
俺を殺すと決めた以上……ユノに
そして俺の方を向いたとき、ユノは……折れていなかった。涙で潤んだその黒い目で俺を見て言う。
「たすけて」
「他人にすがるのか?」
「ううん、違う」
あなたを殺すために、あなたの力を借りたい……その言葉を聞いた瞬間、俺は死亡フラグがより強く身近に感じた。
俺も気合いを入れないとな。最強になるために、この程度の逆境……乗り越えなきゃダメだろ!
俺はもう一度ユノを抱きかかえて売却所に入る。今度はユノも何も言わず、じっと下唇を噛んでいた。
今はまだ、ミスを他人にカバーしてもらうしか無いんだと……自分に言い聞かせてるのだろう。
「あの……さすがに公衆の面前でいちゃつくのはどうかと……」
「「いちゃついてない」」
お姫様抱っこの状態で入ったもんだから受付の人に勘違いされる。やっぱ売却所の前で捨てとくべきだったか?
ユノも流石に恥ずかしいと思ったのか頬をかすかに赤く染めていた……
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