第30話 『悪役』と慌てふためく王女

「いや、あの、そんなっ!いきなり言われても!」

「分かってます、いきなりで混乱している事でしょう。ですがシアン姫じゃないといけないんです」

「私でないとっ!?」


 顔を真っ赤にして慌ててるシアン姫、気持ちは分かる。いきなり言われても困るだろう、だが《王剣発破》は王家の者でしか習得できない……シアン姫の成長のためには必要なことなんだ!


 俺はシアン姫の肩を掴む、ぴぇっと短く鳴いた彼女に思いの丈をぶつける!


「貴女でないとダメなんです!安心してください、最初は俺がリードします」

「そっ、そんないきなり!?色々段階を飛ばしすぎではっ!?」

「分かっています、ですが遅かれ早かれやらなきゃいけないんですから」

「それはっ……そうだと思いますけど!」


 《王剣発破》は強力な縦振りを繰り出して斬撃を飛ばす剣技。動きがシンプルがゆえに応用が利きやすく、それこそブラフや《刺突一閃》の型に滑らかに移行出来る利点がある。


 それに……


「大丈夫です、みんなには秘密にしておきますから」

「バッ、バレたら大変なことになりますよっ!?」

「えぇ、ですから二人だけの秘密……ですね?」

「ぁう……でも、そんな……」


 《王剣発破》は王家の秘伝の技だ……つまり、『初見殺し』が可能になる!考えてもみろ、レイピアが届く射程外からいきなり攻撃が飛んできて、それに対応してたら《刺突一閃》でその距離を潰されるんだぜ?


 そして吹っ飛ばして射程外に行った敵を《王剣発破》で追撃、以下ループ。


 そんな戦法、強くない訳がない!ゲームでは出来ない『現実』だからこそ可能な必勝法ハメ技、それをシアン姫に叩き込むんだ。


 私は王女……とか、昨日の今日で……とか目を泳がせながら慌てているシアン姫。しきりに自分の銀髪をいじっては蒼い双眸そうぼうを涙でうるませている。


「うぅ……うぅ~っ!」

「どうでしょうか?」

「……まだっ、まだダメです!まだ早いと思います、ええ!そういうのはお互いを知ってからじゃないといけないというか、気が早いというか!」

「そうですか……」


 シアン姫にとっては確実にステップアップしていきたいと、そういう事なのだろう。

 あまり無理にせまると逆に意固地になってしまう可能性があると思った俺は素直に引き下がる。


 断られてしまった、強いと思うんだけどなぁ……《王剣発破》と《刺突一閃》のハメ技コンボ。


「そ、そんなしょげないでくださいよぉ。まだ、まだなんですから!これからなんですから諦めないでくださいっ!」

「そりゃ諦めるつもりはありませんけど……」

「ひうぅ……」


 俯いて顔を逸らすシアン姫、まだ自分は《王剣発破》を習得できる実力じゃないと悔しがっているんだろう。


 強くなるには、自分の今の実力を認識して無謀なことに手を伸ばさない。なんて真摯しんしな姿勢なんだ……その意思に俺は感動する、努力に近道は無いもんな。


「シアン姫がしても良いと思いましたらもう一度お声がけください、待ってますから」

「…………」


 コクン、と小さく頷いたシアン姫。顔を真っ赤にして熟れたトマトのようだ、風邪を引いたのか?


 大変だ、そんな状態で俺に付き合ってくれたのか!


「シアン姫、無理をさせて申し訳ありません!すぐに保健室へっ!」

「ほっ、保健室!?だっ、ダメですよ!モーレット先生が寝ていらっしゃいますしっ、日が昇ってますしっ!」

「でも顔真っ赤じゃないですか!」

「それが貴方がっ!……いえっ、とにかく大丈夫ですから!」

「そんなにも強くありたいとは……っ!」


 俺が間違っていた、シアン姫はポンコツでワガママだと思っていたが……彼女の王女としての責務をまっとうしようとする思いは、タイタンと同じぐらいに強かった。


 若さ特有の危うさを持ちながらも、その上で誰にも譲れない覚悟を持っているシアン姫。これが貴族たる者の『芯の強さ』かッ!


「わかりました、《王剣発破》を習得するのは今度として。今は着実に強くなっていきましょう、大丈夫――俺がサポートします」

「えぇ今は着実に……待ってください、今、《王剣発破》を習得すると言いましたか?」

「?はい、というかずっとその話をしてましたよ?」


 俺がそういうとピシリと固まったシアン姫。あれ?シアン姫?シアン姫ーっ!?





「……で、この様に振り下ろすだけです。ポイントは腕の力で振るのでは無く腰を捻りながらそのスピードを剣に伝える感じです」

「…………」


 シアン姫 の 攻撃!▼


ヒュオンッ!とレイピアが空を切る音がする。斬撃は出ないか……というかさっきから凄い勢いで振り下ろしてるなぁ、力強いけど剣筋がガタガタだ。


「シアン姫?」

「……なんっ、ですっ、か!?」

「いえ、その……」


 なんかすごい怒ってる……なんで?シアン姫がさっきから睨み付けるようにこっちを見てくる、昨日の牢屋の時に戻った感じだ。


「ちょっと、力みすぎかなぁ……なんて、思い、マシタ、ハイ……」

「……知りませんっ」


 ツーンとそっぽを向くシアン姫。結局、この後もチクチクとシアン姫からの恨みがましい視線をもらいつつ型の指導をしてみたが《王剣発破》は出なかった。


 レベルによってスキルを覚えるとかは無かったから、この世界の仕様ならいつかは覚えられるはずだし……気長に練習していくしかないな。

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