第7話 『悪役』と執事

「今、話したいことがありますので入りますね。失礼いたします」

「あっ、ちょ……」


 逃げようと窓から身を乗り出した瞬間に問答無用で開けられる扉。オニキス家の執事長であるセバスチャンが入ってきて……俺に呆れた目を向ける。


 仕方ないじゃん!暗殺されるルートでの暗殺者って、何を隠そうこのセバスなんだからさぁ!?


 この2ヶ月、不器用ながらも使用人達には優しくしてきたつもりだ。


 おはようという挨拶の返事が舌打ちだったときに泣きそうになったり、自分の手で泥だらけの衣服を洗濯したせいで汚れが落ちきらず勿体ないからって着回してたら使用人達からチクチク貧乏だの貴族の恥だのお似合いの末路だの言われまくって泣きそうになったり……


 泣きそうになったことしかないね?案外タイタンの独善的な性格って、他人と関わらない事に対してはすごい良い性格だったんだと思い知らされたよ全く。


「なにを、してらっしゃるので?」

「そ、外の空気を吸いたくなってな!」

「空気を吸うためにそんなに身を乗り出すのは危ないのでお下がりください」

「はぃ……」


 うん、セバスの言うとおりだよ……でもね?こんな夜更けに来られたらもう暗殺しか選択肢にないんだよ!?だから逃がして?


 俺はそっと窓を閉める、こっから逃げられるビジョンが見えない。流石に先制デバフポイズン掛けてもセバスが倒れる前に俺が殺されるのがオチだし……


「お坊ちゃま……」

「ひゃい!」

「お坊ちゃまは、どうして意味のない事をするのでしょうか?」


 セバスはそう言ってきた。意味の無いこと?俺がその言葉が理解できず、首をひねっているとセバスが分かりやすく俺に教えてくる。


「いくら真人間になったとはいえ、今までの悪行は消えることはありません。しかも、良い行いをしても全てオルフ様の評価に繋がってお坊ちゃまの評価は上がることはありません」

「…………」

「なのに、お坊ちゃまはそれを続けている。それを意味がない以外に何と申しますか?」


 セバスがそういったぶしつけな質問をする。うーん、別に評価なんて気にしてないんだよな……俺がやっているのは『死なないための行動』であって、『より良く生きるための行動』じゃない。


 未来で俺は数多の死を迎えることになるからそれを少しでも避けるためッ!なんて言っても絶対信じないだろうし、かと言って答えられないみたいなこと言ったらそれこそセバスの心象が悪くなって暗殺されかねない。


 セバスは『感情の機微にさとく、嘘をすぐ見抜ける』という説明が作中であったし嘘もつけない……さて、どうしよっか?


「俺は、他人の評価など気にしていない」


 嘘は言ってない。


「貴族から排斥される以上、生き抜くために俺は強くならないといけない」


 これも嘘じゃ無い。死亡フラグ乱立してる学園を生き残るにはまず強くないとね?


「強くなれるきっかけを得た。それを実践するのに夢中で他人に構ってられないだけだ」


 これは嘘では無いが、本当のことも言っていない。他人に構ってられないというのは本当だけど、セバスの言う『意味の無い行動をする』本質はそこじゃない。


 セバスは俺の言葉を聞いて考え込んでいる。う、嘘は言ってないぞ!?ただちょーっと『他人に優しくするのは何故か?』という質問に対して『強くなるために他人に構ってられない』って意味不明な答えを返しただけだよ!


「答えに、なっていませんが」


 デスヨネー。はぁ……もういいや、ぶっちゃけちゃおう。


「……いんだよ」

「ん?申し訳ありませんお坊ちゃま、私が年のせいか耳が遠く……」

「申し訳ないんだよ!今まで俺が迷惑掛けていたことが!」

「っ!?」


 セバスが目を見開いて固まる。そりゃそうだろうな、本来のタイタンなら絶対に言わないセリフだからだ。

 ただこれは、俺は彼の思うがままに言葉を続けた。


「どれだけ努力しても一向に強くならず、才能という大きな壁に阻まれて、俺は八方塞がりだった」

「お坊ちゃま……」

「お父様にどれだけ認められようと必死に努力しても剣の腕は上がらず、最後はオルフに負けてオニキス家を排斥される始末。知っているか?俺の剣、スライムにすら通じなかったんだぞ?」

「スライム……まさかお坊ちゃま、『迷いの森』に!?」


 あ、セバスが連日泥だらけになった訳を察した。タイタンは自嘲しながら死んでも誰も気がつかないだろ?と言った。


 まあ、これがタイタンの本音だ。自分が産まれた家から排斥されるということは、自分の存在価値を全否定されたのと同じ。貴族以外の生き方を知らずに育ったタイタンが選べる道なんてそう無い。


 自暴自棄になって自棄やけを起こすのがゲーム内でのタイタンというわけだ、その証拠にどのルートでも死亡する直前のタイタンは『清々する』と残して死ぬからな。


「……そんなこと」

「ありません、な訳ないだろ?使用人からは様々な嫌みを聞かされた。今日セバスがここに来たのも俺を殺すためだと思っていたから逃げようとしていたんだし」

「お坊ちゃま……」


 あ、タイタンがつい勢いで言っちゃった。セバスが少しまぶたを下げて痛そうな目でこちらを見てくる……


 今までの使用人達セバス達への嫌がらせは全て、親から寵愛を受けたいが為に必死に努力しても報われなかった子どもの精一杯の反抗だったと知って、セバスはどう感じただろうか?


 こんなことで嫌がらせを受けていたのかという呆れだろうか?逆に今まで親から愛を貰えなかった事に対しての同情だろうか?


 言ってしまった事はもう取り返しが付かない、俺は一応顔色をうかがいながらセバスに今日はもう帰ってくれ、と言ったら素直に帰ってくれたよ……ほっ。

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